公園の自転車

ショートショート作品
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 あの自転車、まだあるかな。

 久しぶりに実家に帰省した私はそんなことを思いながらある公園に向かった。

 その公園は近所にある小さな公園で、まだ子どもだった頃の私はどこに行くにもその公園の側を通っていた。

 公園につくと、公園のど真ん中にピンク色の自転車が停めてあった。

 あ、あった!

 自転車を発見した私は嬉しくなった。

 この公園には、このピンクの自転車が時々置いてあった。

 ポツンとただ置いてあるだけの時もあったし、誰かがまたがっていることもあった。

 ピンクの自転車はいわゆる普通のママチャリで、スタンドを立てれば空こぎできるようなタイプだ。

 そんな自転車にまたがっている人を見ると、何をしているんだろうと不思議に思ったものだ。

 自転車はそこにない日も多かったので、今日は運がいい。

 この自転車には色々な噂が流れていた。

 男の人が一人でまたがっていて声をかけられたとか、綺麗な女の人が乗っていたとか、突然目の前で自転車に乗っている人が消えた、とか。

 それらは小学生の間で流れていた噂だったので、ほとんどが嘘だろうけど、私はこの自転車が一体なんなのかずっと気になっていた。

 だって、私が小学生の頃からそこにあったりなかったりする自転車なんて、絶対普通じゃない。

 それに、私もこの自転車にまつわる忘れられない記憶があるのだ。

 あれは私がまだ小学校低学年の頃、この自転車に一人のお兄さんがまたがっていた。

 私が「どうしてその自転車に乗っているんですか」と話しかけるとお兄さんは困ったように笑って、ポケットに入っていたお菓子をくれたのだ。

 そのお兄さんは、私の初恋の人になった。

 でもあれ以来、お兄さんには会っていない。

 あれは誰だったのか、今でも謎だ。

 私はピンクの自転車に近づいて、自転車を眺めた。

 登録証のシールなどがない。誰かの自転車、というわけではないのだろうか。

 ペダルを持つと、カラカラと回った。

 誰も……見てないよね。

 私はあたりを確認してから、ピンクの自転車にまたがってみた。

 うん、普通に乗り心地がいい。

 ペダルに足をかけて、カラカラと後ろ周りでペダルを回してみる。

 ……ん?

 目の前の景色に一瞬、違和感を覚えた。

 なんだろう、何かが変わったような。 

 あっ!

 そうだ、あるはずの家がない。

 このあたりには新しくできた家も多いのだが、それらの家がなくなって、まるで私が小学生だった頃のような景色に変わっている。

 と、懐かしいメロディが聞こえてきた。

 これは……お豆腐屋さんの音楽だ。

 子どもだった頃よく近所に来ていたお豆腐屋さん。最近では全然来なくなってしまったけど……。

 もしやこの自転車は、一種のタイムマシンなのでは……?

 公園の外を自転車に乗った女の子が通りかかる。

 女の子はこちらを見て不思議そうな顔をしていた。

 あれは……みっちゃん!?

 幼馴染のみっちゃん。それも、私が一番仲良くしていた頃の小さなみっちゃんだ。

「みっちゃーん!」

 私は思わずみっちゃんに声をかけた。

 みっちゃんはふいと目をそらして行ってしまう。

 やっぱりこれはタイムマシンだったんだ。

 そう考えれば昔流れていた様々な噂も納得である。

 さっきは後ろ向きにこいだけど、じゃあ前にこげば未来に戻れるのかな。

 私はペダルに足を置いて前にこごうとした。

 しかし、ガクンと嫌な振動がしたかと思うと、自転車のチェーンが外れてしまった。

 えぇ〜!?

 ど、どうしよう。

「どうしたの?」

 いつの間にか自転車の後ろに男の子が一人、立っていた。

 それは、小学生の頃のクラスメイト、けんちゃんだった。

 けんちゃんはこちらをじっと見つめている。

 公園で一人自転車に乗っている私は完全に不審者だ。

「えぇと……」

「あぁ、チェーン。ちょっと待ってて」

 けんちゃんは自転車のそばにしゃがみ込むと、チェーンを直してくれた。

「ちゃんと油差さないと、また外れちゃうかもよ。じゃ」

 けんちゃんはそう言って去っていった。

 お礼を言う暇もなかったな。

 私は、当時好きだったけんちゃんに頭の中だけでありがとう、と言って、自転車のペダルをこいだ。

 目の前の景色が移り変わり、元にいた公園に私は戻った。

 久しぶりにけんちゃんに会えて嬉しかった。

 つっけんどんだけど実は優しいところが、私は大好きだった。

「和泉?」

 急に声をかけられて振り返ると、そこにけんちゃんが立っていた。

 大人になった私と同い歳のけんちゃん。

「けんちゃん!?」

「久しぶりじゃん。何してんの?」

「あ、これ……自転車があったから」

「おぉ、これ! 俺、昔さ、この自転車に綺麗なお姉さんが乗ってるの見たことあるんだよな。自転車のチェーンが外れててさ、直してあげたんだ」

「え……?」

「ほんとだって! ねぇ、俺もまたがってみていい?」

「う、うん」

 自転車にまたがったけんちゃんが「謎だよな、この自転車」とつぶやいてペダルをくるりと回した瞬間、自転車ごと目の前からいなくなってしまう。

 けんちゃんも昔に戻ったのだろう。

 けんちゃんのポケットにはお菓子が入っているだろうか。

 公園にあるベンチでけんちゃんを待つことにした私は、近くの自動販売機に飲み物を買いに行った。

コメント

  1. 伴拓也 より:

    初めまして。YouTubeの小狐チャンネルで、先生を知りましてこちらのサイトも拝見しております。とても楽しく読ませて頂いております。
    とくにこの「公園の自転車」が面白く、ショートショートなのに、これだけの読了感を得られるのはすごいと感じました。
    私は昔から長編小説を書くのを趣味にしておりまして、今度、一度賞に応募してみたいと思い、現在執筆中です。
    小説家になろうには現在、ミステリーコメディを連載していますが、中々日の目を浴びることもなく、小説家とは大変な仕事だと思っています。
    ですが、先生のYouTubeチャンネルを拝見して、自分もやれば出来るかもと信じて日々頑張っております。
    自分の話を長々としてしまって申し訳ありませんでした。ですが、いつも応援していますので頑張ってくださいませ。
    長文失礼しました。

    • 小狐 より:

      伴さん、コメントありがとうございます!
      YouTubeをご覧いただいて、ブログまで……。とても嬉しいです!
      私も今長編小説を書いているのですが、長編は体力がいりますよね。
      ひいひい言いながら書き進めることでしか前に進めない難儀な仕事ですが、お互いマイペースで書き進めていきましょう!

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