『私はある現象を調査している。
ある現象とは、”やまびこ”だ。
普通、やまびことはやっほーと言ったらやっほーと返ってくるものである。
しかしある山では違っている。
やっほー、あるいは何かしらの言葉を言うと、恋人の声になって、別の言葉が返ってくるのである。
恋人がいない人の場合、架空の恋人の声が聞こえる。
例えば、女性にはその人が理想とする男性の声、男性には女性の声、などである。
中でも驚いたのは、ある老人の話だ。
その老人は、”先立ってしまった妻の声が返ってきたんだよ”と言っていた。
さらに”俺の好物も知ってたんだ”とも。
そんなことがありえるのだろうか。
調査の結果、あることが分かった。
あの山は、こちらからの声に対し、ある音波を返している。
その音波は、驚くべきことに自分が聞きたいことを鼓膜に伝える音波なのだ。
すごい発見だ。
しかし、この調査を公表するべきだろうか。
いや、それは控えるべきだろう。
特に何か害があるわけではないのだから。
私はこの資料を公開することなく調査を終えることにする』
私はエンターキーを、タンッと押した。
「ありがとう」
エンターキーの音に、やまびこがそう返してきた。
「どういたしまして」
そう返事をしながら、いや、これは私が聞きたがっている声なのかと苦笑しながら、私は山を降りた。
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