俺は今、たくさんの宇宙船に混じって行列に並んでいた。
隣にいる相棒に声をかける。
「いつ来ても、ここは混んでいるな」
「そうですね」
ここは通称”健康診断の星”、Hona(ホーナ)である。
使っている言語によって色々な呼び方が存在するわけだが、我が星ではアルファベットを使ってそう呼んでいる。
Honaは宇宙の中心にある星で、最新鋭の健康診断機器が揃っている。
だから様々な惑星から様々な生命体がこの星にやってくる。
「最近じゃ遠隔で健康診断を済ませるケースも多いようですが、最新鋭の機械を頼ってくる生物もやっぱり多いんですね」
「アナログへの回帰、か」
少し進んだ先で、受付を済ませてHonaに入る。
その先に、また行列。
俺は相棒に言った。
「じゃあ、頼むわ」
「了解です」
俺は船をこっそりと降りた。
警備兵に声をかけて、すきをついてショートチップで眠らせる。
目的のためにはこれくらい手荒な真似は仕方がない。
この星、Honaにはある噂があった。
宇宙中から集まってくる生命体のデータを収集し、それを秘密裏に売りさばいているというのだ。
生命体のデータがあれば、その弱点もわかる。
例えば俺たち人間であれば、人体の急所、といった情報だ。
それらは、他の星に戦争を仕掛ける際に、まさに値千金の情報となる。
Honaの不正を明るみにするために、俺は相棒と一緒にここにやってきた。
俺はHonaにある巨大な施設に侵入し、その中枢部までやってきた。
目当ての証拠があるコンピューターにアクセスする。
「すみやかに、だが確実に。ばあちゃんからの教えだぜ」
俺はコンピューターをハッキングして情報を抜き出した。
内容を確認する。
「……そんな……」
俺は一人つぶやいた。
耳につけたインカムから相棒の声が聞こえる。
「どうしたんです?」
俺は相棒の声には答えずに、脱出を始めた。
「情報は盗めたんですか?」
なおも相棒の声が聞こえるが、答えることができない。
今、俺が手にしている情報、それはHonaに関する真実だった。
そこには驚くべき事実が記されていた。
このHonaは、確かに生命体のデータを収集、保管していた。
しかしその目的は、生命体のデータを秘密裏に売りさばくためではない。
もちろんそういう使い方をしていた者がHonaの中にはいたかもしれないが、この星が生命体のデータを保有している理由は、もっと壮大で絶望的なものだった。
ここに書いてある情報によれば、ビッグバンにより始まった宇宙が、急速に収縮しているらしい。
つまり宇宙の消滅が近いというわけだ。
そのことはまだ俺たちのような一般の人間には知らされていない。
各星々の上層部しか知り得ない情報なのだろう。
そして彼らは、宇宙の収縮を受けて、このHonaに生命体のデータを残しておくことにしたのだ。
宇宙が消滅するその間際まで存在すると思われるこのHonaに。
宇宙の中心にあるこのHonaは、我が星に伝わる神話におけるノアの方舟のような存在だったのだ。
「はっ」
走りながら思わず笑いが漏れる。
これまで気が付かなかったなんて、俺も間が抜けている。
この星の名前、Hona。
それはノアを現すNoah、そのアナグラムではないか……。
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