先日、不思議な出来事があった。
その時私は取引先の連絡先が分からなくなり、名刺入れの中を探っていた。
「えぇ〜と、N社、N社と……」
この前買ったばかりの名刺入れに主要な取引先の名刺は入れておいたはずなのだが。
「あ、あったあった」
該当の名刺を見つけ、私は連絡先を確認しようとした。
しかし妙なことが起きていた。
N社の名刺に、ぴったりとA社の名刺が張り付いてしまっていたのだ。
剥がそうと思っても剥がせない。
何かのりのようなものがついてしまったのだろうか。
その時は深く考えなかったのだが、数日後驚くべきことが起こった。
全く気配がなかったN社とA社が合併したのだ。
私は名刺入れの中でくっついているN社とA社の名刺を見た。
まさかこの名刺が合併を暗示していたのでは……?
そんな奇想天外なことを考えてしまう。
またある時はこんなことが起きた。
取引先のF社に営業回りに行った私は、新しい担当者に名刺を渡された。
「頂戴します」
そう言って名刺を受け取った私はもらった名刺を名刺入れにしまった。
F社を後にして公園のベンチで一休みしていた私は、なんだか焦げ臭いニオイに気がついた。
「なんだ……?」
どこかで小火でも起きているのかと思ったが、どうもニオイは私の持っている鞄から漂っている。
鞄の中を探った私は、ニオイが名刺入れからすることに気がついた。
名刺入れの中を探ると、F社の名刺からプスプスと火花があがっている。
どうやらF社とH社の名刺がこすれて火花が散っているようだ。
私は慌てて名刺同士を引き離してことなきを得た。
そんなことがあった、数日後。
なんとF社がH社を訴えた。
なんでもH社がF社の特許を侵害したらしいのだ。
先日私の名刺入れで火花を散らしていたF社とH社は現実世界でも火花を散らすことになった。
もしやこの名刺入れは、名刺を入れるとその会社にまつわる未来の出来事が名刺に現れる、そんな不思議な名刺入れなのでは。
私は名刺入れをしげしげと見つめた。
この名刺入れをうまく使えば、他社の動向を探ることが可能かもしれない……。
そんなことを訪問先の会社の応接室で考えていた時、扉が開いて取引先の上役が顔を出した。
「やぁ、お待たせしまして」
「いえ、とんでもないです」
私はそう言いながら名刺入れから自分の名刺を取り出した。
しかし私が取り出した名刺は、手の中でぼろっと崩れ落ちてしまった。
「え……?」
「いかがされましたか?」
「あぁ、いえ、申し訳ありません!」
私はそう言いながら急いで別の名刺を取り出した。
しかし取り出した名刺はまたしてもぼろっと崩れ落ちてしまう。
それは、そう。
例えるならば灰のように。
私は「大変申し訳ないのですが、名刺を切らしてしまいまして……」とその場はなんとか取り繕った。
取引先から自社へ帰る道すがら、私は来るべき転職活動へ思いを馳せたのだった。
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