「こんにちは」
そう声をかけられて、私も「こんにちは」と挨拶を返す。
あのおじさんだ。
私が密かに気になっているおじさん。
スーツ姿のおじさんは、いつも歩いている。
そりゃあ道ですれ違うのだから歩いていて当然だが、おじさんは朝、昼、晩、いつもスーツ姿で歩いているのだ。
このおじさんは、もしかしてずっと歩いているのではないか。
そんな疑念を持った私は、ある日、おじさんの後をつけてみることにした。
おじさんは今日もスーツを着て歩いていて、道行く人に「こんにちは」と挨拶していた。
おじさんはとにかくずっと歩いていた。
歩いて歩いて、ついに二十四時間経ってしまった。
私の体力は限界に近づいているが、おじさんはスタスタと歩いている。
意識が朦朧としてきた頃、おじさんは小さなトンネルに入った。
こんな場所で尾行したらバレてしまうかも、と一瞬思ったが、バレたらバレただ。
もう疲れた。
と、背後から何か気配がして振り向くと、確かに今通ったはずのトンネルの入り口がなくなっている。
どういうことだ、と戻ろうとするが、足が勝手に前に進んでしまって、戻ることができない。
何これ、どうなってるの……!?
パニックになった私は前に向き直った。
すると、さっきまでいたおじさんがいなくなっている。
何で……? 何で!?
足は前へ前へと動く。
そして私はトンネルを抜けた。
あれから私は、歩き続けている。
足を止めることはできない。
今ではもう、どこを歩いているのかも分からない。
途中、バス停に並んでいる人の中に、おじさんの姿を見た。
おじさんは私が通り過ぎる時、ぼそりとこんなことを言った。
「行ってらっしゃい」
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