僕はじいちゃんのチャーハンが好きだ。
僕のうちは中華料理屋をやっていて、じいちゃんはよくチャーハンを作っていた。
僕が好きなのは、じいちゃんがばあちゃんと喧嘩した時に作るチャーハンだ。
じいちゃんは、ばあちゃんと喧嘩すると、厨房に引きこもって、なぜかチャーハンを作る。
じいちゃん曰く、チャーハンを作っていると無心になれるからだそうだ。
今日もじいちゃんがチャーハンを作っている。
ぶつぶつと何か文句のようなものを言いながら、手際よくチャーハンを作っていく。
チャーハンができあがると、じいちゃんからお声がかかった。
「タケル、食うか」
じいちゃんのこのチャーハンを食べるのは僕の役割だった。
僕はレンゲを持って、チャーハンを頬張った。
うん、うまい。
先ほどまで険しかったじいちゃんの顔がすこし綻ぶ。
でも、これで全部解決ってわけじゃない。
この後ばあちゃんがやってきて「ご飯もあるのにこんなの食べさせて!」と怒るまでがセットだ。
高校生の頃、僕は初めてできた彼女をうちに連れていった。
店がまだ営業中の時間で、僕は彼女のためにじいちゃんにチャーハンを作ってもらった。
「緊張した」
とかなんとか言いながらじいちゃんがチャーハンを持ってやってくる。
彼女は「美味しい!」と言いながら頬張ったが、僕は、あれ、いつものチャーハンと違うな、と思った。
どうやらじいちゃんのチャーハンは二種類あるらしい。
店に出すチャーハンと、ばあちゃんと喧嘩した時のチャーハン。
喧嘩の時のチャーハンの方が美味しく感じるのは、じいちゃんが無心に作るからだろうか。
それとも愚痴が調味料にでもなっているのかな。
目の前で美味しそうにチャーハンを頬張る彼女に、いつかあのチャーハンも食べさせてあげたいな、と思った。
***
あれから長い時間が過ぎて、僕と彼女は無事に結婚披露宴を行うことができた。
来賓のテーブルにはホテルの料理と一緒にじいちゃんのチャーハンが並んでいる。
僕が爺ちゃんに頼んで作ってもらったのだ。
高砂に座った僕と彼女は、じいちゃんのチャーハンを食べた。
普通、新郎新婦は料理を食べる暇がなかったりするらしいが、僕たちは絶対にこのチャーハンだけは食べたいね、と話していたのだ。
チャーハンを一口頬張ると、すごく美味しかった。
僕の知っている、あの味。
彼女も「すっごく美味しいね」と微笑んでいる。
ようやく食べさせることができた。
親族席に二人で座ってくれているじいちゃんとばあちゃんは、喧嘩しているようには見えない。
だが後で聞いてみると、結婚式の当日、じいちゃんとばあちゃんは、じいちゃんが和装で行くか洋装で行くかで揉めたそうだ。
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