泥より出しもの

ショートショート作品
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 私は、執筆に集中するために、出版社の用意したこじんまりとした旅館にやってきていた。

 いわゆる”缶詰”というやつである。

 この旅館の部屋の近くには、池、というか沼があった。

 ある日、沼からこの部屋に向かって泥の足跡がついていた。

 四本足の足跡だった。

 狸か何かの動物のものだろうか。

 しかし、狸がわざわざ沼に入るとは奇怪な。

 その泥の足跡はしばらく消えなかった。

 するとある日、今度は二本足の足跡がついた。

 なんの生き物か、と言われたら判別のつかない足跡である。

 もしやこの足跡、進化しているのではないか。

 あの小さな沼から、何者かが日々進化しながらこの部屋まで接近しているのでは。

 それからまたしばらくして、今度はポタポタという泥の水滴だけが沼から部屋に向かってついた。

 足跡はない。

 ははあ、これは空を飛んだのかもしれぬ。

 部屋の周りをよく観察してみると、ポタポタという泥の跡は、部屋を通り過ぎ、都会の方へと続いていた。

 あの泥の跡のどこへ行ったのだろうか。

 そういえば、最近編集から催促が来ない。

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