テレビを見ていて、僕は突然あることを思い出した。
僕は昔、妻と一緒にラブラブ催眠術をかけてもらった……。
テレビで催眠術の特集をやっていたので、それで思い出したのだろう。
妻とは結婚して十年になるが、結構仲良くやっていると思う。
しかしそれが、あのラブラブ催眠術によるものだとしたら……?
この催眠術はどうすると解けるんだったかな。
確か解く方法を聞いた気がする。
でも覚えていない。
あの催眠術士はなんと言っていたっけ……。
「どうしたの?」
リビングにやってきた妻に突然話しかけられて、僕はどぎまぎしてしまう。
「い、いや、なんでもないよ」
そんな風にごまかしたのだが、結局妻にはバレてしまった。
同じ屋根の下で十年暮らしているとあまり隠し事はできなくなるのである。
僕はラブラブ催眠術のことを思い出した、と白状した。
「なぁんだ、そんなことかぁ」
「そんなことって」
「大丈夫だよ。私たちって、催眠術かけてもらう前からこんな感じじゃん」
「そうだけど……。でも、気になるんだよ。どうやったら催眠術が解けるんだったか覚えていない?」
「忘れちゃった。気にしないでいいんじゃない?」
「うん……」
あれから、なんだか妻がニヤニヤして僕の方を見てくるようになった。
なんなのだろう。
数日後、妻はとうとう我慢できずに、という感じで言った。
「分かった。そんなに気になるなら、催眠術解いてみよう」
「え、解き方覚えてるの!?」
「うん。嘘ついてごめんね。実は覚えてるんだ。あの催眠術はね、相手の目を見て”別れよう”って言えば解けるの」
「あぁ、確かにそうだった気がする……」
「どうする? 試してみる?」
どうしよう。
もしラブラブ催眠術が解けて、妻が僕のことを嫌いになってしまったら。
そう考えると怖い。
しかしもし仮にそうだとしたら、仮初の愛を疑って生きるのも嫌だ。
そこで僕は緊急措置として、紙に「今言ったことは嘘です!」なんて書いて妻の前に置いてみた。
これを催眠術が解けた後に見てもらえば少しはどうにかなるだろうか。
妻はそんな僕の様子をニヤニヤしながら眺めて言った。
「じゃ、やってみようか」
「う、うん。行くよ?」
「はい」
「……別れよう」
僕がそう言った瞬間、妻がカクン、とうなだれた。
「だ、大丈夫……?」
やがて顔をあげた妻の目はとろんとしていた。
あぁ、催眠術が解けたんだ。
「う、嘘だから! ねぇ、今言ったの嘘だよ!」
「嘘、って……?」
「別れようっていうやつ! 嘘うそ、そんなこと思ってないから」
僕は涙目になって妻にそう訴えかけた。
すると妻はとろんとした目で僕を見て……それからお腹を抱えて笑い出した。
「え……?」
不思議がる僕に、妻が言った。
「本当に覚えていないんだね」
「どういうこと?」
「あの催眠術をかけてもらってね、お店を出た後、あなたが”ちょっと本屋を見たい”って言ったの。それで私は薬局が見たかったから”じゃあその間、薬局に行ってるね”って言ったの。そうしたらあなたね、私の目を見てこう言ったの。”じゃあここで一旦別れよう”ってね」
そうだ……思い出した。
確かにそうだった。
僕がそう言った時、妻は「そんなにすぐ別れようって言ったら意味ないじゃん」と笑ったのだった。
「だからね、催眠術はもうとっくに解けてたんだよ」
そう言って笑う妻の笑顔を、これからも見られることに僕は安堵した。
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