この世界には「置いてけぼりにされた話題」がたくさんある。
「それはちょっと置いといて」とその辺に置いておかれるのである。
私にはそんな置いてけぼりにされた話題が見える。
置いてけぼりにされた話題は、なんというか実体のないぼんやりとしたものとしてその場所にあり続けるのだ。
町中などで置いてけぼりの話題を見つけると、私はそれを持って帰る。
そして私はそれを「話題蒸し返し器」にかけるのだ。
すると、それまで実体のないぼんやりしたものだったそれが、白いふわふわしたものになる。
私はそれを「ワダイ」と呼んでいる。
蒸し返し器によって復元されたワダイを連れて私は町を歩く。
ワダイの持ち主を探して返してやるのだ。
自分を置いた主を見つけると、ワダイは嬉しそうにその主の元へ走っていく。
ワダイが持ち主の元に帰ると、持ち主はふと思い出したその話題について話し始めるのだ。
だが、かわいそうなことに、持ち主が見つからないワダイもいる。
持ち主が見つからなかったワダイは、次第にその姿が透明になり、消えていきそうになる。
そして時間が経つと完全に消えてしまい、私にも見えなくなってしまうのだが、それでワダイが消えたわけではない。
見えなくなったワダイは、見えなくなっただけでまだそこにいる。
そしてそんなワダイたちは互いに身を寄せ合い、大きな塊となって”ワダカマリ”に進化してしまうのだ。
ワダカマリが増えると社会にマイナスエネルギーが充満してしまう。
だから私は小さなワダイも最後までちゃんと面倒を見ることにしている。
私は今日も持ち主が見つからなかったワダイの手を引いて公園にやってきた。
暇そうにベンチに座っている人を見つけて「ちょっとお話ししませんか」と声をかける。
持ち主の元に帰れなかったワダイも、代わりに話してやることで自然に帰るのである。
私はこの公園で「奇妙な老人」と話題になっていることだろう。
今日も私は一匹のワダイを自然に帰してから家に帰った。
普段、地道にワダイの面倒を見ている私だが、そんな私にだって楽しみは必要である。
私は金庫を開けて中から置いてけぼりの話題を取り出した。
その話題を蒸し器にかける。
話題は小さな小さなふわふわのワダイになった。
私はその小さなワダイを連れて妻のもとへ向かった。
リビングにいた妻は私を見ると「あら、まだ起きてたの? お茶でも飲む?」と聞いた。
「いいや。それよりさ」
私は小さなワダイを持ち主である妻に返した。
ワダイが妻のところに戻ったのを確認してから私は「あの時のことを教えてくれないか」と妻に言った。
妻は、今で言うところのツンデレである。
学生時代の妻は、つい私への好意を口に出しそうになると「なんでもない!」とよく知らんぷりをした。
その小さな話題を、私は密かに集めていたのである。
私の問いに、妻は顔を真っ赤にして「な、なんでそんな昔のこと覚えてるのよ!」と叫んだ。
そんな妻の反応を私は楽しむ。
「いいだろう? 教えてくれよ」
「……だ、だからあれは、あなたが村井さんと仲良く話してるから、嫉妬して……ってもういいでしょ!」
妻はそう言ってパタパタとスリッパを鳴らして寝室に引っ込んでしまった。
私はその場に置き去りにされた小さな小さな話題を拾い上げ、また金庫にしまったのだった。
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