おしゃれロック

ショートショート作品
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「ありがとうございました」

 副社長室から出てきた男性の営業マンが、嬉しそうな表情で帰っていく。

「じゃあ、よろしくねぇ」

 副社長が営業マンを見送りながらひらひらと手を振った。

 嫌な予感がする。

 副社長はそのままの位置でカッとハイヒールの底を鳴らしてから言った。

「皆さん!」

 社員が皆、副社長に注目する。

 そうしないといちいち一人ずつ振り向かせるからだ。

「今度から、新しいものを導入しますからね」

 始まった。

 私はこっそりとため息をついた。

 次の日。

 寒空の中、副社長は社員全員を会社の玄関に集めた。

 今朝から気づいてはいたのだが、会社の入り口に何やらゲートのようなものができている。

 副社長は、おほん、と咳払いをしてから言った。

「こちらは”おしゃれロックシステム”というものです。こちらのゲートを通る時に皆さんの服装をチェックし、一定以上のおしゃれさを持っているかどうかを判定します。おしゃれな服装が出来ていない社員は中に入れないということです。いいですか、私たちの仕事は流行を追う女性ファッション誌の作成です。そのファッション誌を作る私たちがおしゃれじゃないなんてありえないですからね。ではゲートのロックを起動しますので、これから皆さんには改めてこのゲートを通ってから仕事を始めていただきます」

 副社長はそう言うと、さっそうとゲートをくぐり抜けた。

 ゲートについているランプが緑色に点灯している。合格、という意味だろう。

 私はまたこっそりとため息をついた。

 そりゃあ、ファッション誌の制作を行うのだから日頃からファッションには気をつけろという副社長の言い分は分かる。

 だけど、たまには気を抜いた適当な服を着たいときもあるよ……。

 ゲートの向こうで監視するように立っている副社長から目をそらしながら、私はゲートを通った。

 幸いゲートのランプは緑のままだった。

 
 ある日のこと。

 会社に向かうと、玄関前で騒ぎが起きていた。

 副社長がゲートの前で騒いでいる。

 私は近くにいた同僚に話を聞いてみた。

「何かあったの?」

「それがね、なぜか副社長だけゲートを通れなくなっちゃったのよ」

「えぇ!?」

 副社長は、「なんなのよこれ!」と騒ぎながらゲートを進もうとする。

 しかし副社長が近づくとゲートは赤く点灯し、閉まってしまう。

 いい気味だ、と私と同僚はこっそりと笑った。

 しかし、どうしてゲートが開かないのだろう。

 私の目から見ても、副社長の服装は流行を追ったものだと思うが……。

 副社長は激昂しながらスマホを取り出した。

 そしてどこかに電話をかけると、相手が出るなり、「どういうことなのよ!」と怒鳴った。

 おそらく相手は、あの日、さっそうと去っていったこのゲートの営業マンだろう。

 副社長はスピーカーモードにしてまた怒鳴った。

 この辺が、副社長の意地の悪いところだ。

 相手が困っている様をみんなに聞かせるつもりなのだろう。

 副社長は、誰かを叱責する時、必ず大勢の前でするのだ。

 電話の向こうの営業マンは営業マン特有のやや高い声で言った。

「どういうこと、とおっしゃいますと?」

「ゲートが赤く点灯して通れないのよ!」

「あぁ、すみません! 実は今日から新機能をテストしておりまして」

「新機能?」

「はい。やはり、おしゃれさというのは内面からもにじみ出るもの。その方の所作などから、内面の美を判定するモードをつけたんです」

 営業マンにそう言われた副社長は、顔をカッと赤くして言った。

「で、でも、そのせいで入れない子がいるのよ! 断りもなく新機能だなんて、非常識だわ!」

「大変申し訳ありません。ただこのモード、いきなり高レベルではまずいと思い、かなり低レベルに設定しているので、その方はもしかしたら御社にはそぐわないのかもしれません……」

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