予言者は知っていた

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 俺はある予言者の取材をしていた。

 その予言者は今世界中で注目されている予言者で、彼の予言は必ず的中するという噂だった。

 ルポライターである俺はその予言者に同行し、彼を題材にした本を執筆しようと考えていた。

 彼は今や海外からも頻繁に取材の依頼を受けるほどの人気者になっており、その日俺は彼と一緒に海外の島国を移動する小さな船に乗っていた。

 俺がパソコンのキーボードを叩いていると、突然船が大きく揺れた。

 客室の窓から外を見ると、嵐がやってきていた。

 船は大きく揺れ、次の瞬間、空を舞うように大きく浮き上がった。

 そしてそのまま船は大破し、俺は船外に放り出されて意識を失った。

 目を覚ますと、俺は砂浜に寝転がっていた。

「お目覚めですか」

 そんな声がする方向に目を向けると、そこに予言者が立っていた。

「ここは……?」

「無人島のようです」

「え!?」

 俺は急いで体を起こし、辺りを見渡した。

 確かにそこは無人島のようで、周りに島や大陸は見えなかった。

 そんな、まさか……。

「大丈夫、助けが来ますよ」

 予言者が俺を励ますように言った。

「私には見えますから」

 俺は予言者のそんな言葉に力なく頷いた。

 しかし、丸一日経っても、二日経っても助けはやってこなかった。

「助けなんて来ないじゃないか!」

 俺は予言者に詰め寄った。

 しかし予言者は穏やかな表情をして言った。

「信じてください。助けは必ず来ます」

「命を賭けるか」

 空腹で頭が回っておらず、そんな幼稚な物言いをしてしまう。

「もちろん」

「もし、来なかったら?」

「どんなことでもして差し上げます」

「じゃあ、予言が外れたらあんたの全財産を俺にくれよ」

「えぇ、いいですよ」

 俺はそんな会話をしてしまってから、無意味な取り決めだなと後悔した。

 俺だけ死んで予言者が生き残ったら約束はなかったことになるし、その逆もしかりだ。

 二人とも死んだら元も子もない。

「じゃあ反対に、助けが来たらどうしてくれます?」

「何?」

「予言が当たったら、ですよ。そちらの約束も交わしておかないとフェアじゃない」

「はっ……。じゃあもし助かったら、あんたの素晴らしい予言について、自分がここで体験したことを書いて本を大ベストセラーにしてやる! それで……そうだな。あんた、好物はなんだ」

「お寿司です」

「ふん。じゃあ高級寿司を思う存分食わせてやるよ。目ン玉が飛び出るくらい高級な寿司を、な」

「それでは命を賭ける事と釣り合いませんね。私には家族がいるのですが」

「おー何人でも来いだ!」

 俺は半ばやけくそになってそう言った。

 無人島に漂着してから五日が経った。

 まだ助けはやってきていない。

 もう、俺は死ぬ。

 意識が朦朧とし、手足が痺れる。

 自分で分かるのだ。もう長くないことが。

 俺は最後に文句を言ってやろうと思い、予言者の元へ向かった。

 予言者は木陰に体を横たえ、そして……息絶えていた。

 予言者の体に大量の蝿がたかっている。

「ふざけんな……ふざけんなよ!」

 俺はその辺りに落ちていた木くずや石を予言者の体に投げつけた。

「助けなんか……来なかったじゃないか。このペテン師め……!」

 俺は思いつく限りの悪態をつきながら物を投げた。

 訳の分からないことをわめき続け、やがて俺はその場で気を失った。

 目を覚ますと、オレンジ色のライフジャケットを来た男が俺の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫ですか!?」

「ここは……?」

「救助艇の上です」

 俺の腕には点滴の管が繋がれていた。

 助けは……来たのだ。

 予言者の予言は嘘ではなかった。

 ただ自分が助からないことも予言者は知っていたのだろう。

“命を賭けるか”

“もちろん”

 予言者としたそんな会話を思い出す。

 俺はライフジャケットを着た男が離れるのを待ってから、涙を流した。

 日本に戻った俺は、警察の取り調べを受けることになった。

 どうやら俺が予言者を殺したと思っているらしい。

 見つかった予言者の遺体に打撲痕のような痕があるからだそうだ。

 しばらく俺は警察の取り調べを受けたが、やがて打撲痕は死後のものと判明し、俺は開放されたのだった。

 日本では有名予言者の死が連日大きく報道されていた。

 一緒に遭難していた俺のところにまで取材陣が殺到し、そしてその中には警察から妙な情報を入手し「あなたが予言者を殺したのでは」などという質問を投げかけてくる者もいた。

 未来を予言できる予言者がそんな事故で死ぬわけがない、ということらしい。

 俺はそんな質問にうんざりして、外界との接触を絶った。

 それから数ヶ月の時が経った頃。

 予言者の妻を名乗る女が俺の元にやってきた。

 俺は玄関のドアノブを掴んだまま「恨み言ならよしてくれ。俺は何も……」と言ってドアを閉めかけた。

 しかしそれを遮るようにして女は言った。

「いいえ、恨み言を言いに来たのではありません」

「それじゃ、何を……」

 女は泣き笑いのような表情をしてから続けた。

「本の執筆は順調ですか? 主人から、あなたに美味しいお寿司をごちそうしていただくようにと言われていますのよ」

 女はそれだけ言うと、頬を伝う涙を拭ってから、いたずらっぽく笑ったのだった。

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