「今日のカレーちょっとスパイシーだね」
「そう? いつもと変わらないルーなんだけどね」
「そうかな〜。いつもよりちょっと辛いよなー、ユウト?」
「そんなことないわよね〜ユウト?」
「ユウト?」
僕はお父さんとお母さんが揃って僕の方を見ていることに気づいた。
お母さんが不思議そうな顔をしながら僕に尋ねる。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
「カレーいつもと変わらないわよね?」
「え、あ、うん。おいしいよ」
「ほら〜」
「そうかなぁ」
お父さんとお母さんはそんな何気ない会話をしていたのだけれど、僕にはその内容が全然頭に入ってこなかった。
今日の昼間のこと。
僕は友達の吉ちゃんと一緒に公園で遊んでいた。
その時、吉ちゃんがこんなことを言ったのだ。
「球根どう?」
「球根?」
「宿題であるじゃん。球根の観察日記」
僕はそれを聞いて、顔からサーっと血の気が引くのを感じた。
観察日記、やってない!
そもそも球根植えたっけ……?
僕たちは一学期の終わりに、担任の小坂先生から”球根花火”の球根をもらったのだった。
それを夏休みいっぱい育てて、八月三十一日の夜に球根をみんなで持ち寄って花火大会をするのだ。
僕は吉ちゃんに球根のことを言われてからすぐに家に帰った。
庭に回って僕の植木鉢を調べたのだが、あったのは土だけで、やはり球根は植えていなかった。
僕はそれから球根のことばかり考えていた。
今から植えたとしても絶対に明後日の三十一日には間に合わない。
僕はお母さんにそのことを言わなくちゃと思いつつも、言い出せずにいたのだ。
しかしこのまま黙っていてもどうしようもない。
僕はご飯を食べ終わって寝る前になって、ようやく球根のことをお母さんに打ち明けた。
「なんでこんな時間まだ黙ってたの!」
案の定、僕はお母さんにすごく怒られてしまった。
「ごめんなさい……」
「もう! 明日すぐに小坂先生に電話して、どうすればいいのか相談するからね」
「はい……」
翌朝。
僕は”ドーン”という大きな音に目を覚ました。
「な、なんだ?」
僕は布団から跳ね起きた。
トイレからお父さんが慌てた様子で出てきた。
「お父さん、何かあったの?」
「おぉユウト! おまえ、なんともないか?」
「なんともって?」
そう答えた僕は突然オナラがしたくなって、我慢できずにその場でしてしまった。
“ドーーーン!”
僕のお尻からそんな大きな音が聞こえてきた。
「えぇ!?」
「ユ、ユウト、やっぱりおまえもか!」
「どういうこと!?」
僕らがそんな会話をしているところに、お母さんがやってきた。
お母さんは突然僕の前に座って、「ユウト、ごめんなさい……」と謝った。
「どうしたの、お母さん?」
「昨日ね、カレーを作ろうと思った時、お庭の植木鉢に玉ねぎがあったからそれを使ったんだけど、あれ、どうもあなたの球根花火の球根だったみたいなの……」
「えぇ!?」
「お母さんの言う通りみたいなんだ、ユウト。それで花火球根を食べたみんなのオナラが花火の音になってしまっていてね」
「昨日、ユウトの話を聞いても気が付かなかったの。ごめんなさい、ユウト」
お母さんはそう言ってまた謝った。
そういうことだったのか。
僕は球根を植えるには植えていたが、それを忘れてしまっていたようである。
お母さんはすぐに小坂先生に電話をして訳を話してくれた。
するとお母さんのスマホから「あははは!」という小坂先生の笑い声が聞こえた。
「先生がユウトに代わってくれって」
お母さんがそう言って僕にスマホを差し出す。
「もしもし」
「あぁ、ユウトくん? 先生です。大変なことになっちゃったわねぇ」
そう言って小坂先生はまた笑った。
「毎年ね、何人かいるのよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。それでね、お母さんにはもう言ったけど、明日の花火大会にはたまねぎを植木鉢に入れて持ってきてね。そっくりだから周りのみんなには偽物だって絶対分からないから。それで、植木鉢をもらったら先生が自分たちで育ててた予備とすり替えてあげる。持ってきてもらった玉ねぎは花火大会前にみんなで作るカレーの材料にしましょう。代わりの球根花火はちょっと小ぶりなやつだけど我慢してね」
僕は先生に言われた通りに、植木鉢に玉ねぎを植えて学校に持っていった。
小坂先生に植木鉢を手渡す時、先生が僕にだけ分かるようにウインクしてくれた。
それから僕はクラスのみんなや先生たちと一緒にカレーを作った。
夜になって、お母さんたちも学校にやってきた。
校庭には僕たちが持ってきた植木鉢が並べられた。
僕たちはカレーを食べながら球根花火に火が灯されるのを見学した。
並んだ植木鉢の上に棒が通っていて、その棒にツルようなものが絡まっている。
三組の大木先生がそのツルに火を付けた。
するとツルがパチパチと火花を散らせた。
火花はツルをドンドン進んでいき、そしてその火花で点火した球根花火から打ち上げ花火が飛び出て、”ドーン”と夏の夜に光った。
植木鉢の球根花火が次々に打ち上がる。花火が上がる度に歓声が起こった。
そして最後にちょっと小ぶりな球根花火が上がった。
その花火を見ながら、横にいるお母さんが「ごめんね、ユウト。お母さんのせいで」と言った。
「ううん、いいよ。それに僕も日記をつけ忘れていたから」
「それもそうね」
僕はお母さんと一緒に笑った。
翌朝、僕は清々しい気持ちで目を覚ました。
外はいい天気で、僕は新学期の始まりが良い天気で嬉しかった。
僕はウキウキした気持ちで学校に行く支度を始めた。
しかし僕はまだこの時知らなかったのだ。
僕の住むこの町の至る所で、朝のトイレの中から花火の音が聞こえてきていたことを。
昨日の花火大会で、小坂先生がすり替えるはずだった球根花火を間違えてカレーの材料に使ってしまっていたことを……。
コメント