生まれたばかりの頃、美咲はよく泣く子だった。
子供は泣くものだと思っていたが、それにしても泣き止まないので私は一体どうしたらいいのかと途方に暮れた。
そんな時、美咲が私の手鏡を持った。
すると、何をやっても泣き止まなかった美咲が泣き止んだのである。
その手鏡は母の形見であった。
美咲の顔を見る前に逝ってしまった母。
その母の忘れ形見である手鏡を持ちながら、キャッキャと笑っている美咲。
もしや、美咲には手鏡の中に母の姿でも見えるのだろうか?
私は美咲の後ろから手鏡を覗き込んでみたが、何も見えなかった。
そんな美咲もあっという間に大きくなって、結婚することになった。
美咲はこの家で過ごす最後の夜に「あのね、えーっとね」となにか言いたそうにもじもじしていた。
私は笑いながら「はい」と手鏡を差し出した。
「え、でも」
「いいのよ。あなたが持っていた方がいいと思うから」
私がそう言うと、美咲は手鏡を抱きしめるようにして「ありがとう。大切にするね」と微笑んだ。
***
そんな美咲との会話からしばらくして。
私は一人、雲の道を歩いていた。
長い長い雲の道を歩くと、目の前に水たまりが現れた。
その側に母が立っている。
「ったく、早いわよ!」
母は私を見るなりそう怒った。
「お母さんに言われたくないよ」
私が言い返すと、母は困ったように笑った。
「そんなところまで私に似なくてよかったのに」
「しょうがないでしょ。あ、ねぇ、お母さん。お母さん、手鏡から美咲の事見てたでしょ」
私には分かっていたのだ。
美咲が少し大きくなった頃、美咲に「手鏡をよく見ていたけど、何か見えていたの?」と聞いたことがある。
美咲は「覚えてないなぁ」と言ったけど、その頃もたまに美咲が手鏡を見て笑っているのを私は知っていた。
美咲が手鏡に向かって”おばあちゃん”と呼びかけているのも。
「どうして私が見ても姿を現してくれなかったのよ」
「あんたは……泣き虫だから。私のこと見たら泣くと思ったからよ」
嘘だ、と思った。私が泣くからじゃなくて母が泣くからだろう。
「あ、ほら!」
母が水たまりを指差す。
「ひぃばぁばですよ〜」
「嘘、見せて見せて!」
私も水たまりを覗き込んだ。
すると、美咲によく似た目元をした赤ん坊が、こちらを見てキャッキャと笑っていた。
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