最後のぬりえ

ショートショート作品
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 子供の頃、お母さんについていったスーパーでおもちゃコーナーにあったぬりえを買ってもらった。

 ぬりえのキャラクターは全然知らないキャラクターだった。

 そのキャラはどうやらお姫様のようだった。

 家に帰った私はさっそくクレヨンを取り出してぬりえを始めた。

 すると、今塗っている絵の次のページにいる、まだ真っ白なお姫様のキャラクターが突然こんなことを言った。

「汚い色ねぇ。私はもっと綺麗に塗って!」

 突然しゃべりだした絵を見て私は驚いた。

 私はクレヨンを持ってなるべく綺麗にそのしゃべった絵を塗ってやった。

 するとぬりえは「まぁまぁじゃない」なんて満足そうに言っていた。

 ぬりえは塗ってやると満足するのか、塗った後はしゃべらなくなった。

 その頃、まだ引っ越したばかりであまり友達がいなかった私にとって、ぬりえは貴重な話し相手だった。

 ぬりえに急かされながらどんどん色を塗っていくと、すぐにぬりえは埋まっていってしまった。

 最後の一ページには「ドレスを好きな色に塗ろう」と書いてあったのだけれど、私は中々その絵を塗れなかった。

 これを塗り終わったら、このぬりえの子はしゃべってくれなくなる。

 しかし私がそうやってぬりえを先延ばしにしていると、絵の中のお姫様が「早く塗ってよー」とせがんでくる。

 私はしぶしぶ半分だけドレスをオレンジ色に塗った。

 しかしもう半分は塗らないでそのままにしておいた。

 時折「ねぇ残りも塗ってよー」とぬりえから声が聞こえてくるが無視していた。

 だがそんなある日、私はしばらくぬりえがしゃべっていないことに気がついた。

 不安になった私はぬりえを開いてみた。

 すると、残しておいたはずのドレスの残り半分が茶色く塗られていた。

 私が泣きながらお母さんにぬりえを見せると、程なくしてそれが弟の仕業であることが分かった。

 あんまり泣く私をかわいそうに思ったのか、お母さんが新しいぬりえを買ってくれたのだが、それは有名なキャラクターのぬりえで、そのぬりえはしゃべらなかった。

 そんな幼い頃の他愛もない事件だったが、それから弟とはなんとなく気まずくなり、それ以来気まずさを引きずっているのが私たち姉弟なのだった。

 もちろん私はずっとぬりえのことを怒っていたわけではないのだけれど、なんとなく振り上げた拳の降ろし方が分からなくて今日まで来てしまったのだ。

 なんでそんな昔のことを思い出したかというと、実家に帰った私に弟がおずおずとあのぬりえの本を差し出したからだ。

「あん時ごめん」

 弟はそれだけ言って私にぬりえを手渡した。

 私はぬりえの本を見て初めてその記憶を思い出した。

 ぬりえの表紙を見ながら、あの時このキャラクターがしゃべったのはきっと幼い日の私の妄想だったんだろうな、と思った。

 私は弟に、もう怒っていないし、あの時もそこまでずっと怒るつもりじゃなかったことを正直に話した。

 それから私は弟と何年かぶりにゆっくり話をした。

「あんた、早く彼女作りなよ」

「うるせぇな」

 そんな気安い会話を初めて弟として、私は自室へと戻った。

 部屋に戻った私は改めてぬりえの本を眺めて、思わずくすっと笑ってしまった。

 当時の弟は、あの最後のページを必死に元に戻そうとしたのだろう。

 ぬりえの最後にある「ドレスを好きな色に塗ろう」のページが、消しゴムでこすったらしくページがぐちゃぐちゃになっている。

 そして結局消しゴムじゃ戻らないと思ったらしく、そのドレスの色は私が明日着る予定の純白のホワイトで塗られていた。

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