大嫌いな雨音を

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 私は生まれた時から困った性質の持ち主だった。

 雨の音を聞くと、眠ってしまうのである。

 それはなんとなく気持ちよくてまどろむとかそんな生易しいものではなくて、雨が落ちるパラパラという音を聞くだけで深い眠りに落ちてしまうのだ。

 この性質について、たまに羨ましいとか言われることもあるけれど、なってみればその辛さが分かるだろう。

 特に困るのが授業中だ。

 授業中は耳栓もできないし、窓際の席になると雨の音がばっちり聞こえてしまう。

 だからなるべく廊下側の席がいい。窓際の席になった時は雨の日に居眠りばかりしてしまったので成績が落ちた。

 先生にこの性質について相談できればいいのだが、私はそれが出来ずにいる。

“問題児”

 そう見られるのが怖いのだ。

 学校から帰ろうと思い昇降口に向かうと、校舎の外で夕立ちが降っているのが見えた。

 私はため息をつきながらイヤホンを耳につけた。

 雨の日はイヤホンで音楽を聴きながら歩く。そうしないと道端で倒れるようにして寝てしまうから。

 とにかく、早く家に帰ろう。

 折りたたみ傘を差して私は雨の通学路を歩き始めた。

 と、校門を出たところで突然隣から「いれてー」と小さく声が聞こえた。

 驚いた私が隣を見ると、なんとクラスメイトの林くんがそこに立っていた。

 ど、どうして!?

「傘、忘れちゃって。途中までいれて」

 はにかんだ林くんの声がイヤホン越しに微かに聞こえてくる。

 動転しながら私はイヤホンを外した。

 途端、雨の音が響き、強烈な睡魔が襲ってくる。

 私はこっそりと林くんから見えない方の耳にだけイヤホンをつけ直した。

 だが、それでも眠気は収まらない。

「ねぇ、橘さんってさぁ……」

 まずい、林くんの声もほとんど聞き取れなくなってきたーー

 パラパラという雨音が聞こえた。

 目を開ける。

 私は見知らぬ場所で寝かされていた。

「あ、橘さん! 大丈夫?」

 林くんが私の顔を覗き込んでくる。

「林くん……」

 なんとかそう答えながら、私はなぜ目覚めているのだろう、と思った。

 パラパラと雨音は聞こえ続けている。いつもなら絶対眠ってしまう音量だ。

 不思議に思いながら私は体を起こそうとした。林くんが手伝ってくれる。

 林くんに支えられながら上半身を起こした私は、ようやく今自分のいる場所が分かった。

 学校からの帰り道にある、小さな揚げ物屋さん。

 パラパラという音は雨音ではなく、揚げ物屋さんが揚げ物を揚げる音だったのだ。

 私は揚げ物屋さんが設置しているベンチに座っていた。

 夕立ちは止んでいる。

「橘さん、どこか痛む?」

 林くんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでくる。

「林くんが運んでくれたの?」

「そう。おっちゃんとは顔見知りだから」

 林くんがそう言って揚げ物屋さんのご主人を指差す。

 私と目が合ったご主人は揚げ物を菜箸でつつきながらウインクした。

 私はご主人に頭を下げてから林くんにも「ありがとう」とお礼を言った。

「もう気分は平気?」

「うん。ごめんね。私、昔からこうで」

 ここまで迷惑をかけてしまって、黙っているわけにはいかない。

 私は家族以外に話したことのない自分の秘密を林くんにしゃべった。

 学校ではない場所で、隣にいるのが林くんだから、すんなりしゃべれた。

 でも私はしゃべりながら少しずつ後悔をした。

 あぁ、こんなこと聞かされたって、なんて返事したらいいか分からないよね。っていうか……引くよね。

 私が話し終えると、じっと私の話を聞いていた林くんが「ごめん」と一言つぶやいた。

「俺がイヤホン外させちゃったからだよね」

「林くんのせいじゃないよ」

「でも……ごめん」

 林くんはまた謝った。

「謝らないで。私の方こそごめん。変なこと言っちゃって」

「変なことって?」

「その、体質のこと」

「変なことじゃないよ」

「でもこんなこと話されても困るでしょ」

「困らない。教えてくれてありがとう」

 林くんが真剣な顔でそんなことを言うものだから、私は彼から目を背けた。

「普通困るよ、そんなこと言われたら」

「そんなことないよ。俺以外のみんなだって、きっとそう」

「……そうかな」

「そうだよ。それに、もし分かってくれないような人だったら、そんな人とは付き合わなきゃいい」

 そう言い切った林くんの顔は、同い年の男の子なのにすごく大人に見えた。

 と、揚げ物屋さんにお客さんがやってきたので、私はベンチから立ち上がった。

「もう平気かい?」

 揚げ物屋のご主人が優しい声で聞いてくれる。

「はい。ありがとうございました」

「これ。帰りに食べな」

 ご主人が微笑みながら揚げたてのメンチカツを二つ差し出してくれた。

 厨房の方からは、まだ雨音に似たパラパラという音が鳴り響いている。

 私は、あれほど嫌いだった雨の音を少しは好きになれそうだなと思いながら、雨上がりの道を林くんと一緒に歩き出した。

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