僕は一人で会社を立ち上げた。
様々な最新鋭の技術を扱う会社である。
バーチャルリアリティ、AI、クローン技術など。
構えた小さな事務所で仕事をしていると、おかしな営業マンがやってきた。
営業マンは僕に言った。
「私どもが提供させていただくサービスは”冷凍オフィス”というものです。冷凍オフィスとは毎日就業後、オフィスを出る時にオフィスを冷凍するサービスです。オフィスを冷凍すれば熱探知による防犯機能が働きます。0.0000001℃単位で熱を関知できるので、人間が盗みに入れば絶対に分かります。また冷凍する際、機密書類なども凍ってしまうため万が一にも盗まれる心配はありません。紙などを凍らせても結露でしわくちゃになることがない技術を採用していますのでその点はご心配なく。さらにオフィスを冷凍させればその時点でオフィスの時間が止まるので、終業した時と同じ状態から業務を再開できるのです」
営業マンはそこまで一気に説明した。
「ただ、ですね。私どものサービスは正直に申し上げますと、まだ採用実績が少ないのです。つきましては、御社のこちらのオフィスでモニターをやっていただけないかというご相談でして。モニターなのでもちろんお代はいただきません」
営業マンのそんな話を聞いて僕は狭いオフィスを見渡した。
妙なサービスだが、最新鋭の技術という点で興味がある。
僕はその話を受けることにした。
「そうですか! ありがとうございます」
営業マンは喜び、去っていった。
後日、冷凍オフィスにするための工事業者が入り、僕は実際にオフィスを冷凍させ始めた。
営業マンの言葉に偽りはなく、使ってみると中々便利なサービスだった。
それから数年。
僕は変わらず冷凍オフィスを愛用していたが、会社がでかくなってきたので事務所を移転することになった。
それと共に冷凍オフィスのモニター期間が終了した。
あの時の営業マンがやってきて言った。
「お客様のおかげで十分なデータが取れました。冷凍オフィスも今や多くの企業様にご活用いただいております。それも御社の協力があってこそ。本当にありがとうございました」
「お役に立てたのであれば光栄です。ただ、実はご相談させていただきたいことがありまして」
「なんでしょう?」
「会社はここから移転するのですが、事務所は残そうと思っていまして。ぜひこの冷凍オフィスの設備をそのままにしておいてほしいのですが。もちろん料金は支払いますので。なんていうか、会社が大きくなった時、初心に帰るためにこのオフィスはそのままにしておきたいんです」
「なるほど。さようでございますか。それではこちらの設備はそのままにさせていただきます。これまで大変お世話になりましたので、お代は結構です」
***
あれから数十年。
僕の会社は最初に会社を立ち上げた時からは想像できないくらい大きくなった。
今では世界でも会社の名前を知らない人がいないくらいである。
僕はあの狭いオフィスに行ってみることにした。
あの冷凍させてある始まりのオフィスである。
僕は自動運転の車に乗り込んで冷凍オフィスに向かった。
僕は目を覚ました。
さすがに寒さを感じる。
すぐにシャワーを浴びた。
時計の日付を確認すると、あれから五十年の時が経っていた。
僕がシャワーから上がると、オフィスの扉が開いて年老いた僕とおぼしき人物がやってきた。
「やぁ」
しわがれたその声の持ち主は僕のクローンである。
このオフィスを冷凍する時に作ったもう一人の僕。
「五十年後の未来はどう?」
「きっと想像したものとは違うぞ」
年老いた僕はそう笑った。
「よぉし、じゃあ話を聞かせてくれ」
僕はワクワクしながらオフィスを出ようとした。
すると年老いた僕が「おっと、待ってくれ」と僕を止める。
「なに?」
「その前にこいつを眠らせよう」
年老いた僕の後ろから人影が現れた。
それは僕と同じくらいの年頃の僕だった。
クローン技術で作った若い僕だろう。
僕の若いクローンは言った。
「何十年後かに待っているよ。その時は未来の話を聞かせてくれ」
それから僕の若いクローンはこの始まりのオフィスと共に冷凍睡眠に入った。
僕は年老いた僕と未来の話をしながら、オフィスを後にした。
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