それは範疇外

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 俺は「七不思議寝袋」の噂を聞いてこの店にやってきた。

 ここは様々な古道具を売っている店らしいが、正直何か特別なものが売っているようには見えない。

 店に入ると店の主人らしき男が奥のレジカウンターからこちらを見て、小さなため息をついた。

 態度の悪い店主だ。

 と、俺は店の隅で目当ての寝袋を見つけた。

 寝袋は噂通りの形状だった。

 色は吸い込まれそうな黒で、首元に白い不可思議な模様がついている。

 この七不思議寝袋は、七日間連続で眠ると何かが起こると噂されている代物だった。

 オカルト情報のネットワークを駆使してやっとこの店を見つけ出した俺は、さっそく寝袋を持ってレジカウンターに向かった。

 店主はぼそりと値段を言ったっきり、ひたすら無言を貫いていた。

 しかし、こちらへ紙袋に入った寝袋を差し出す時、またぼそりと口を開いた。

「おにいちゃん。七日目だけはやめときな。七日目はこいつでは寝ないことだ」

 家に帰り、俺はさっそく寝袋に横になった。

 夜の十時。

 寝るには少し早い時間だが、俺は目を閉じた。

 朝、目が覚める。

 俺は寝袋から起き上がりながら、やはり本物だった、と喜んだ。

 昨日の晩、寝袋で眠った俺はピアノの夢を見た。

 血染めのピアノ。

 血が滴り下ち、ピアノの鍵盤が一人でに沈み、ピアノはこもった音で音楽を奏でた。

 それは話に聞いていた七不思議の一つだった。

 今夜は一体どんな夢を見るのか?

 早く夜にならないかなと思いながら俺は仕事に向かった。

 それから俺は毎日あの寝袋で眠った。

 そして毎夜、夢の中で様々な怪異を目の当たりにした。

 七不思議を順番にたどっていった俺は、ついに七日目を迎えたのだった。

“七日目だけはやめときな”

 あの古道具屋の店主の言葉を思い出す。

 しかし今日寝なければこの七不思議寝袋の怪異を体験できない。

 俺は寝袋に横になって目を閉じた。

 はっと気がつくと、いつも仕事に向かう時に通る道を歩いていた。

 いつの間にこんなところにいたんだろうと思っていたら、後ろから誰かが走ってくる。

 背の高い男。

 男は無言でこちらに走ってきた。

 俺は恐ろしさから逃げ出したが、男は猛烈なスピードで追ってきた。

 男が俺に追いついて、その大きな体でのしかかってくる。

 俺の首に男の手がかかる。

 恐ろしいほどの強い力。

 殺される。

 そう思った瞬間、目が覚めた。

「はぁ……はぁ……」

 俺はまだ男の手の感触が首に残っているような気がして、首に手を置いた。

 仕事に行こうと外に出た俺は、おかしなことに気がついた。

 誰もいない。

 広い道だが、人っ子一人いないのだ。

 すると、遠くから足音が聞こえてきた。

 振り返ると、背の高い男。

 俺は逃げたが、追いつかれ、また首を締められて……。

 ここは古めかしい古道具屋である。

 不機嫌そうな店主が一人店番をしている。

 そこに老齢の刑事風の男がやってきた。

 男は愛想笑いを浮かべながら「またお願いします」と言って黒い寝袋を店の中に置いた。

 店主がうんざりしたように「また死んだんですか」と尋ねる。

 男が「はい。自分で自分の首を絞めていました」と答えると、店主が目の色を変えてどなった。

「これで五人目だ! もううんざりだ。こんなもの持ってくるな!」

「そう言われましても。分かっているでしょう」

「こういったものは警察が保管しておくべきだろう」

「あまり勝手なことは言わんでくださいよ」

 それまで愛想笑いをしていた刑事風の男から笑みが消えた。

「最初の事件が起きた後、それを預かっていたうちの警察署で何人死んだと思っているんですか? 理由は分からないが、みんなそいつと”寝ちまう”んだ。元はここで売っていたものでしょう。だったらここにお返しする。それに、ここにあれば自分で”寝たい”やつだけが勝手にやってくるんだ。それが最善でしょう」

 男はそれだけ言って踵を返した。

 男の背中に向かって、店主が言った。

「それじゃ殺人犯を野放しにしているのと同じじゃないか! あんたら、それでも警察か!」

 男が振り返り、店主の目を見据えながら言った。

「我々は人間の犯罪を取り締まる機関です。”それ”は範疇外だ」

 男がいなくなった後、店主が一人取り残された古道具屋の店内はしんと静まり返った。

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