べしゃり自販機

ショートショート作品
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「やった……!」

 私は社内食堂に設置された自動販売機を見て歓声を上げた。

 この自動販売機は総務部に所属する私が提案をして設置してもらったものだった。

 自動販売機を新しく導入するにあたり、私は普通の自動販売機では面白くないなと考えた。

 その結果やってきたのがこの自動販売機である。

 電源の入った自動販売機に私はさっそく小銭を入れた。

「どれにしようかな」

 私がそう悩むふりをしてチラリと自動販売機を見ると自動販売機は「これがおすすめやで!」としゃべり始めた。

 そう、この自動販売機はその人が今飲みたい飲み物を教えてくれる自動販売機なのだ。

 自動販売機は左下にあるコーンスープをびかびかと光らせている。

「え、コーンスープ!? あぁ、でも確かに小腹空いてるから丁度いいかも……」

 私はおすすめされた通りコーンスープを買って食堂で飲んだ。

 無事に自動販売機の設置を終えた私は、これは社内で評判になるぞとほくそ笑んだ。

 そして予想通り、あの自動販売機は社内で大評判になったのである。ただし、悪い方に、だが。

「普通に飲み物を買いたいだけなのにいちいちしゃべりかけられて面倒」

「おすすめが気分に合っていない」

「単にうるさい」

 そんな悪い評判ばかりになって、とうとう自動販売機は普通の販売機に変更されることになってしまった。

 
 一週間後、とうとう業者の人がやってきて自動販売機を運び出す準備を始めた。

 あの自動販売機を置こうと提案した私は責任を持ってその様子を見守ることになった。

 留め具を外され、持ち上げられた自動販売機は、電源が入っていないはずなのに蓄電された電気が残っていたのか、「嫌やー! 嫌やーー!」と大声を出した。

 それを見た私はきゅっと胸が締め付けられ、思わず業者の人に「待ってください!」と叫んでしまった。

 業者の人が帰ってから上司や社内のメンバーに「黙らせるので置いてあげてください」と必死で訴えかけた。

 その結果「静かにするなら」という条件つきで自動販売機は元の場所に戻ることができた。

 自動販売機はすっかりしおらしくなり、静かな普通の自動販売機になって社内の人に飲み物を販売するようになった。

 自動販売機がすっかり社内に馴染んだ頃、私は休憩時間に自動販売機の元へ向かった。

「あっ」

 自動販売機が私を見て、思わずといった調子で声をあげる。

「ふふ、私だけの時は喋っても良いんだよ。おすすめはある?」

 私がそう聞くと、自動販売機は控えめにあたたかいレモンティーを光らせた。

 おすすめのレモンティーを買った私は誰もいない社内食堂でふぅとため息をついた。

 仕事に戻る元気が出てこない。

「……どうしたん」

 自動販売機が控えめに声をかけてくる。

 私は、自動販売機だったらいいかな、と思いちょっとだけ愚痴を言った。

「総務の仕事なんてね、”誰でもできる簡単な仕事だ”って言われちゃってさ」

 先ほど、営業部の人にそんなことを言われた私はいたたまれない気持ちになって逃げるようにここにやってきてしまったのだ。

 誰でもできる仕事。確かにそうかもしれない。

 それに私は、誰も嬉しくない自動販売機を入れちゃったりして、誰でもできる仕事すら満足にできていないのだ。

「何言うてんねん!」

「え?」

 突然自動販売機が大きな声を出したので、驚いた。

「総務かて立派な仕事やないか! 会社にとって縁の下の力持ちやろ!?」

 そう力説してくれる自動販売機に、私は笑いながら「ありがとう」とお礼を言った。

 あたたかいレモンティーを飲み終わるまで自動販売機の力説は続いて、そのおかげで私はまた仕事を頑張ろうと思えたのだった。

 
 それから私は前よりも自分の仕事に誇りを持てるようになった。

 そして社内を歩き回ることの多い私は、時々あの自動販売機が楽しそうにしゃべっているのを聞くことがあった。

 どうやら最近、あの自動販売機に話を聞いてもらっている社員がちらほらいるようなのである。

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