アイ・システム

ショートショート作品
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 女性警察官として働いている私は今日も夜の街をパトロールしていた。

 目の前の車に対し停止信号を送って道路脇に車を停めさせる。

「免許証を拝見」

 私がそう言うと、ドライバーは面倒くさそうに免許証を取り出して見せた。

 右下にあるドライバーの顔写真がこちらに向かって小さくウインクする。

「レコーダーを見せてください」

 私はドライバーに対して設置が義務化されているレコーダーの映像の提示を求めた。

「勝手に見ろよ」

 ドライバーが不遜な態度で顎をしゃくりレコーダーを示す。

 私が遠慮なくレコーダーの記録をチェックすると、やはり速度超過が記録されていた。

「速度オーバーですね」

 ドライバーにそう言い伝えて違反切符を切ると、ドライバーはその日一番大きな舌打ちをした。

 後をたたない交通法違反によって義務化されたレコーダーの設置、そして何より”アイ・システム”の導入により犯罪の発見と立証は以前より格段にやりやすくなっている。

“アイ・システム”とは運転希望者に付与される免許証に施された監視システムである。

 通過した車両を記録する「Nシステム」の進化版と言ってもいいこのシステムにより、私たち警察官は犯罪を容易に見つけられるようになった。

 相手の免許証を確認すると、その免許証の持ち主が犯罪を犯していた場合、私のような警察官にだけ写真がウインクをする。

 ウインクのサインを受けた警察官はレコーダーを調べたりなど犯罪の証拠を確保するのである。

 市民にはまだアイ・システムの導入は知らされていない。

 未だに免許証がデジタルではなく物体として存在することに市民は「役所のやることは遅い」と失笑するが物体としての免許証はこのアイ・システムを維持するために必要なものなのだ。

 警邏(けいら)の職務を終えた私が警察署に戻り書類の整理をしていると、デスクに座っていた課長がこちらに向かってウインクをしてきた。

 ドキリとする。

 私は慌てて目を背けた。

 今のは一体なんだったのだろう。

 そんな風に考えていると、今度は向かいの席に座る同僚がウインクをしてきた。

 どうなっているのだ。まさか、この二人……?

 私は慌てて警察署を出た。

 すると、道行く市民が皆こちらを見てウインクをしてくる。

 私はパニックに陥り、道をさまよい歩いた。

***

 ここは警察署内部の取調室である。

 そこに女性警察官が一人、冷たいパイプ椅子に座っていた。

 女性警察官の同僚である若い警察官が女性警察官の話を聞いている。

 やがて取調室から出てきた若い警察官は上司に報告をした。

「i023号が言うには、人間が全員こちらを見てウインクしてくると言うのです。自分は故障しているので精密検査を受けさせて欲しいと」

 若い警察官から報告を受けた上司は腕組みをしながらため息をついて言った。

「それは故障ではない。アンドロイド警官の全面廃棄が決定したのだ。その危機をあいつらなりに察知したのだろうよ」

 若い警察官は取調室に戻ると、小さく一言「すまない」と告げてから女性警察官の背中にある緊急停止のボタンを操作し、その体を廃棄工場へと運んだ。

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