隅鍋

ショートショート作品
スポンサーリンク

 一人暮らしをしている友だちの家に遊びに行った時のこと。

 僕がふと部屋の隅を見ると、そこに何かが布をかぶせて置いてあった。

「なにこれ」

 僕が尋ねると、友だちは言った。

「おぉ、それか。鍋だよ」

「鍋?」

 なんでこんなところに置いているんだろう。

「よし、今日は鍋でもするかー!」

 友だちが台所に立ち、何やら野菜などを用意し始める。

 そして簡易式のテーブルの足を立たせると、それを部屋の真ん中に置いた。

「よし、じゃああとは……」

 友だちはそんなことを言いながら部屋の隅に置いてあった鍋を持って、台所に向かった。鍋に水を張る。

 そしてそれをそのままテーブルの上に置いた。

 これからここで鍋を作ろうとしているのは分かるが、火がない。

「ガスコンロは?」

「いらないんだよ」

「え?」

「この鍋はさ、注目されるとお湯が沸くんだ。鍋って、普通真ん中に置かれるだろ。だから、あえていつも隅に置いておくことで、注目された時に照れてその熱でお湯が沸くようにしているんだ」

 友だちの説明通り、鍋はだんだんと熱くなってきて、僕たちはそんな不思議な鍋で鍋会を楽しんだのだった。

***

「あぁーーー!!!」

 友だちの悲鳴で僕は目を覚ました。

「ど、どうした?」

「やっちまった……」

 友だちが頭を抱えている。テーブルの上には昨日食べた鍋がそのままにして置いてある。

「ちゃんと片付けてやらないと、注目されることに慣れてダメになっちゃうんだよ。まぁ、そろそろ鍋のシーズンも終わりだからいいか」

 友だちの話によれば、一度ダメになってしまった鍋は業者に預けて旅に出すらしい。

 無人島や樹海など、人のいないところに鍋を置いてもらって修行させるのだそうだ。

 友だちはさっそく業者を手配し、僕たちは二人で鍋の旅立ちを見送ったのだった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました