道の両側から街灯の光があたり、影が二つになった隙に影がついてきた。
僕はその影に気づかないふりをして家に帰った。
部屋に帰った僕は電灯のスイッチを押した。
一人暮らしの僕の部屋には間接照明なんて洒落たものはない。電灯は一つだ。
ゆえに生じる影は一つ。のはずなので、バレバレである。
僕はフローリングに広がる二つめの影を見てため息をついた。
僕は昔から影に好かれる体質だった。
こうして知らない間に影がついてきてしまうこともよくある。
僕自身が影を背負った人間だからだろうか?
まぁ、そう見えるだけで特にそんなことはないのだけれど……。
二つめの影を見ながら僕は、まぁ影にも嫌なことがあるのだろう、と思い「今日はゆっくりしていけ。でも明日には帰れよ」と声をかけた。
当たり前だが返事はない。
僕は二つめの影につかれたまま眠りについた。
翌朝、ピンポーンという呼び鈴の音に目を覚ます。
手元の時計を見ると朝の九時だった。
普通の人間ならぎりぎり訪問されても文句を言わないような時間帯だな、なんてことを考えながら僕はドアを開けた。
すると、僕の目の前に眩しくて目がくらみそうになる女性が立っていた。
ずっと”脚光”という名の光を受けてきたような、そんな美しい女性だ。
女性が突然の訪問を侘びてから言った。
「あの、こちらにその……影がお邪魔していないでしょうか。なんとなくこちらにお邪魔しているような気がするんです」
女性は僕の足元を見ながら言った。
僕も同じように自分の足元の方を向いて影に言った。
「ほら、ご主人さまが迎えに来たぞ」
すると僕自身の影からおずおずともう一つの影が姿を現した。
「あ、やっぱり……!」
女性がしゃがみこんで影を見つめる。
この影はきっと、いつも光を浴びる彼女の側にいるのが疲れたのだろう。
僕の影とは違う。
僕はいつも暗い場所で生きてきたから、きっと影も楽だったろう。
僕についた彼女の影がゆっくりと彼女の元に帰っていく。
「本当にありがとうございました」
お礼を言う女性の目をまともに見れない僕はご主人さまのところに向かった影に手を振った。
「もうご主人さまを心配させんなよ」
僕はそう言って部屋のドアをしめようとした。
その瞬間、女性が「あの!」と僕に声をかけた。
「お疲れ様でーす」
アルバイト先のスーパーで商品の陳列を終えた僕がバックヤードに入ると、先に休憩に入っていたらしいおばちゃんたちのヒソヒソ話が聞こえた。
その内容が、聞きたいと思っていないのに聞こえてしまう。
まったく、おばちゃんたちの勘というのはすごいな、と思った。
おばちゃんたちのヒソヒソ話の話題は、どうやら僕にちらつき始めた女性の影についてのようだった。
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