私はある島国の海際で古い書物を読んでいた。
その書物にはある不思議な記録が記されていた。
それは、船の乗組員が体験した「塩の雨」についての記録である。
書物の筆者はある船の乗組員だった。
その男は他の乗組員や船長と一緒に大型の船に乗って海を渡っていた。
その時、甲板にいた男があることに気がついた。
非常に細やかな、結晶のような白い粒が船に降り注いでいたのである。
男は手のひらでそれを受け止め、仔細に観察してから、試しにそれを舐めてみた。
塩辛い。
それは塩であった。
塩の雨が降っている。
男はその事を他の乗組員に知らせようと思ったのだが、その頃には船はもっと深刻な事態に見舞われていた。
船首にいた男が叫んでいた。
「この船は下降している!」
なんと、船が、ゆっくりゆっくりと海を下降しているというのだ。
はっとして男が船の外を見ると、たしかに先程までの位置よりも海の水位が上昇していた。
いや、正確には船が沈み始めていたのである。
男は他の乗組員と一緒に船の損傷部位を探そうとしたが、船にはなんの異常も見当たらなかった。
ではなぜ船は下降しているのか。男には分からなかった。
そうしている間にも船はゆっくりと沈んでいく。
そこで男はあることに気がついた。
船は沈んでいるのではない。
船の浮かんでいる海域の水位だけが下がっていっているのだ。
つまり船の周りとその底にある海水が”減っていっている”のである。
そこで男は先程の塩の雨のことを思い出した。
あの塩の結晶は、海水が蒸発した際に発生したものなのではないか。
つまり、船の周りの海水だけが急速に蒸発し、その結果船は周りの海に取り残され、沈んでいっているのではないか。
男はその現象を「まるで海が船を食べようとしているようであった」と書き記している。
船長は乗組員たちに、船に積んであった小型船に乗ってこの船を脱出するように指示。
皮肉にも、他の乗組員を優先して小型船に乗船させたこの船長だけが船に取り残される形となり、船と共に海に飲み込まれてしまった。
かつて、そして今もあまたの船が海を行き交っている。
その中で沈没した船もまた数え切れぬほどあるが、この「塩の雨」と呼ばれる怪現象も一つの要因であろう。
私は、男の書いた「海が船を食べようとしているようであった」という記述が頭に残っていた。
もしや、地球にとって人間の作った船が有害だから船は食べられているのではないか。
そんな妄想じみた考えが頭に浮かぶ。
「まさかな」
私は不安を打ち消すためにあえて口に出して言ってから書物を閉じた。
その時、古い書物の上に白い結晶が落ちた。
何かと思って手にとってみると、それは塩の結晶だった。
はっとして私は目の前に広がる海を見た。
塩の雨が降っている。
そして私が今立っているこの島国が、徐々に海に飲まれ始めて……。
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