席取りのサクラさん

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 僕は会社の近くにある公園に先輩社員の三浦さんと一緒にやってきた。


 昼食を食べるためでも、ましてやサボる為でもない。


 れっきとした業務の一環……と三浦さんは言っている。


「さてと、今年はどのあたりにしようかな」


 三浦さんは公園をぐるりと見渡した。


 公園にはたくさんの桜の木が生えていて、その桜が満開になりかけていた。


 そう、僕たちは今日行われる会社の花見の場所取りにやってきたのである。


 まだ昼過ぎだというのに、すでに多くの場所でビニールシートが広げられ、場所取りが行われていた。


 三浦さんと一緒に良い場所はないかと公園内を探して回る。


 すると、一本の立派な桜の木の下がぽっかりと空いていた。


 公園に立ち並ぶ桜の中でも特に立派な桜なのに、何故かその下だけが空いているのだ。

「三浦さん、いいところがありましたよ!」

 僕は三浦さんにそう言ってその場所を指差した。

「ビニールシート広げますね」

 そう言いながら僕がビニールシートを取り出すと、三浦さんがそれを止めて言った。

「あそこはダメだ」

「え?」

「あそこはな、サクラさんの場所だからダメ」

「サクラさん……?」

「そう。席取りのサクラさんだ。この公園じゃ有名な幽霊だよ」

「ゆ、幽霊!?」

 冗談かと思ったが、三浦さんは真剣な顔をして続けた。

「サクラさんはな、この公園で自殺した女性の幽霊だと言われている。殺されてあの木の下に埋められたなんて噂もあるな。とにかく、あそこはサクラさんの席なんだ。あの場所で花見をしてしまうと、数々の怪奇現象に見舞われると聞いてる」

「怪奇現象……」

「そう。みんなで楽しく撮った記念写真に血まみれのサクラさんが写ったり、花見の最中、数えてみるとメンバーが一人多くなっていたりな。とにかくあそこはやめておこう」

 三浦さんにそう言われて、僕は別の場所を探し始めた。

 結局、僕たちはサクラさんの木から少し離れた場所で場所取りをした。

 やがて日が暮れて他の社員さんも合流して花見が始まった。

 僕は先輩社員に囲まれて花見を楽しんでいたのだが、ふとあのサクラさんのことが気になってサクラさんの木を見た。

 近所の花見客で公園内はほぼ満員状態なのに、やはりあのサクラさんの木の下には誰も座っていなかった。

「ん?」

 僕は、一瞬そこに誰かの姿を見たような気がした。

 それは女性のようだったのだが……。

「おい、どうした、飲め!」

「あ、はい!」

 課長にビールを注がれた僕はそれを飲んでもう一度サクラさんの木を見たが、もう誰もいなかった。

 三時間後、花見はお開きになった。

 僕は三浦さんと一緒にごみ捨てをしたりビニールシートをしまったりといった撤収作業を行った。

「よし、これでいいだろう。じゃあ俺たちも帰るか」

「あ、僕ちょっと酔いを覚まして帰ります」

「おう、そうか。分かった」

 三浦さんが駅に向かって歩いていくのを見届けてから、僕はサクラさんの木を見た。

 公園内の花見客はほとんどいなくなっていたが、長尻の花見客が騒ぐ音がどこかから聞こえる。

 しかしサクラさんの木の下は相変わらず静まり返っていた。

 僕はサクラさんの木の下に行って、余り物の紙コップにお酒をついだ。思い直して、ジュースも別のコップに注ぐ。

 それを地面に置いて、僕は自分用の紙コップにお酒を注いだ。

 桜の木を見上げながら「綺麗ですね」と言って、乾杯の要領でカップをかかげて飲んだ。

 僕の隣に誰かが立っている気配がある。

 先程、遠くから見えたサクラさんを、僕は怖いと感じなかった。

 むしろなんだか寂しそうに見えたのだ。

 もしかしたらサクラさんはみんなと花見をしたがっているのではないか。そんな風に感じた。

 桜の花びらが紙コップに入る。今年の桜は多分今日で最後だ。

 来年、会社の花見とは別に、霊が大丈夫な人と一緒にここで花見をしよう。

 そんなことを考えながら、さっき酒を注いだカップと半分くらい量の減ったジュースのカップを持って、その場をあとにした。

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