私の村には「伝説の芋」がある。
伝説の芋は村の外れの小高い丘にある小さな小さな畑に生えている。
なぜその芋が伝説と呼ばれているのか。
それは抜けないからだ。収穫できないのである。
村一番の力持ちが思いきり引っ張っても抜けない。
噂を聞きつけてやってきた世界中の力自慢たちがこぞって伝説の芋に挑戦したが、やはり抜けなかった。
畑の持ち主であるおやっさんは「この芋があると新しい作物が植えられねぇからよぉ」と困り果てていた。
そんな時、流浪の料理人を名乗る男が村に現れた。
男は言った。
「私なら抜けると思いますよ」
自信満々の男に興味を持った私たちは男がどう芋を抜くのか見物することにした。
「どうせ口だけさ」
そんな村人の野次を背中に受けながら男は畑に到着した。
「さてと。皆さんは少し離れていてください」
男はそう言うと、伝説の芋の側に寝そべった。
「何やってるんだぁ、あいつは」
村人のいぶかしむ声をよそに男は伝説の芋の側に寝そべり、何事かぼそぼそとつぶやいている。
しばらくそうしていたなと思ったらおもむろに男が芋に手を当てた。
そして男はこともなげに伝説の芋をすぽっと抜いた。
村人たちの間でどよめきが起こる。
芋の土を払っている男に、私は聞いてみた。
「一体どうやったんですか?」
すると男はにこりと笑って言った。
「なぁに、抜けなかった理由は簡単ですよ。この芋を抜こうと思った皆さんは”おりゃあ!”とか”こなくそ!”なんて言葉をかけながら芋を抜こうとしたのでは? それでは芋も意固地になりますよ。つまり北風と太陽です。私は言いました。”あなたはみんなが思っているような芋じゃない。あなたはきっと優しい味がする。そうだ。きっとスイートポテトにしても美味しい”そう言って撫でたら、ぽろりと自分から抜けましたよ」
それを聞いた私は「いや、でも」と反論しようとした。
料理人の手に握られているのはじゃがいもだ。じゃがいもはスイートポテトにはならない。
そんな私に男はしーっと指を口に当てながら言った。
「まぁ見ていてください」
料理人の男は村に戻ると自前の調理道具で料理を始めた。
男が流れるような手さばきで次々と食材をさばいていく。
そして出来上がった料理を皿に盛り付けて「僕の国の郷土料理なんです」とこちらに差し出した。
男の出した料理には伝説の芋の他に人参や牛肉などが一緒に入っていた。
今にもほろりと崩れそうな芋を口の中に入れるとかすかな甘味が口の中一杯に広がった。
「美味しい!」
料理を食べた村人たちの顔がほころんだ。
男は満足そうにうなずくと「肉じゃがという料理です。よろしければレシピをお教えしますよ」と微笑んだ。
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