影のダブル

ショートショート作品
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 最近、人の影が二重に見える。

 自分の影や道行く人の影がボヤァっとダブって見えることがあるのだ。

 疲れているのかなと思ったけれど、どうやらそうではないようだ。

 自分の意識がはっきりしていることを確認してから注意深く自分の影を見つめてみたことがあるのだが、その時もやはり時折ダブって見えたのである。

 ある日、駅のホームで電車を待っていると、俺自身の影がゆらりと揺れて、二重になった。

 そしてその影が横に並ぶ女性の影に手を伸ばしたのだ。

 俺は慌てて列を離れた。

 何人かが、いぶかしむようにこちらを見たが、すぐに興味をなくしたように視線の糸は切れた。

 今のは、一体?

 女性の影に手を伸ばした俺の影はその手から何かを渡したように見えたのだが……。

 この現象について俺以外に気づいている人はいないのか。

 俺はインターネットでこの現象について調べてみた。

 すると、俺と同じように影の異変に気づいている人がたくさんいることに気がついた。

 影の異変に気づいた人々は影が二重になる現象やその増えた影のことを「ダブル」と呼んでいた。

 「ダブル」が起きることを「ダブる」と表現している人もいた。

 俺はそうした現象を調査している人々とインターネット上で連絡を取り合った。

 さらに調べを進めていくと、影がダブルになっているかどうか調べる方法を解説しているページも存在したのである。

 そのやり方とは以下のようなものだった。

 まず二つの間接照明を用意する。

 そしてその照明で自分を照らし、部屋の中に影を二つ以上発生させる。

 複数の影の中で不自然に濃い影が発生したらその影にダブルが潜んでいる。

 俺はさっそく間接照明を二つ購入し、その判別方法を試してみることにした。

 部屋の照明を消して間接照明だけで部屋の中を照らす。

 俺は二つの照明が交わる地点に立った。暗い部屋に影が二つ発生する。

 その中の……向かって左手に位置する影がもう一つの影より明らかに濃くなっている。

 ダブルだ。いやがった……!

 俺はその濃くなっている影に向かって言った。

「おい、何を企んでやがる」

 ダブルは答えない。

 じっとその場で俺の影と同化している。

 と、その時、ダブルの調査で連絡を取り合っている人の一人からスマホにメッセージが入った。

『テレビ見て!』

 メッセージを見た俺はリモコンを手に取って、テレビをつけた。

 画面には内閣総理大臣が映っており、画面上部のテロップ部分には【核弾頭発射を確認】【大規模通信障害】といった文字が矢継早に表示された。

 なんだ……何が起きている?

 画面の中の総理大臣がマイクに向かって言った。

「非常に残念です。我々がもう少し早く気づいていればこのような事態を……」

 まさか……ダブルのせいなのか。

 じゃあやっぱりこれは、本当の出来事なのか。

 俺はどこか、このダブルという現象が自分の妄想であって欲しいと願っていた。

 俺やその他の人々が陥っている集団催眠のようなものなのだと。

 だから現実には何も起こっていないのだと。そう願っていた。

 しかし違ったのだ。

 ははっ

 俺しかいないはずの部屋のどこかから笑い声が聞こえた。

 声のした方を振り向くと、間接照明だけに照らされた暗い部屋で壁一面に大きな影が広がっていた。

 影を見上げながら動けずにいると、その影がその一瞬の間にまた少し大きくなった。

 そしてその巨大な影が、こちらに向かって迫ってきて……。

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