僕は土鍋を洗ってからベランダに干した。
土鍋にたっぷりと光を吸わせるためだ。
この土鍋は闇鍋の逆で光鍋と呼ばれるものである。
この土鍋で鍋を作るとどんな鍋でも美味しくできるのだ。
土鍋を置いて水を入れると、土鍋がぱーっと光り輝く。
すると鍋の中の水が、火にもかけていないのに適温まで温まるのだ。
その温かさはガスコンロなどで温めた時のような荒々しい温かさではなく、具材を煮るのに適した温度になる。
そしてその頃にはただの水が土鍋から滲み出た旨味成分で美味しいスープになっているのである。
僕はこの光鍋でいつも鍋を作って食べ、友達にも鍋を振る舞った。
光鍋を食べた友達はみんな美味しい美味しいと喜び、具材を持って通ってくる奴なんかもいた。
光鍋をベランダに干した僕はごみ捨てを忘れていたことを思い出し、ゴミをまとめて玄関を出た。
ゴミ捨て場からアパートに戻ってくると、知らない人が階段を降りてきた。
ぺこりとお互いに会釈をして通り過ぎると、知らない人のうしろに不動産屋の高橋さんがいた。
僕にこの部屋を紹介してくれた高橋さんに「こんにちは。内覧ですか?」と声をかける。
「えぇ、そうなんです」
「どうですか、今度は決まりそうです?」
「いやぁ……また駄目みたいです」
「そっかぁ。いい物件なのに、なんでなんでしょうね」
「えぇ、私もいい物件だと思うんですけどね。内覧された皆さん、何故かこういうんです。”日当たりが悪い”って」
僕はぎくりとして挨拶もそこそこに部屋に戻った。
急いでベランダに干しておいた光鍋を見る。
「やっぱり……」
高橋さんに悪いことをしてしまった。
ベランダに干しておいた光鍋がこのあたりの日光を吸い込んでしまっており、上の階の部屋に光がまったく届いていなかったのである。
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