「ゆだってんじゃねぇぞ!」
そんな一言でゆでダコ課長に企画を突っ返された。
ゆでダコ課長がなぜそんなあだ名で呼ばれているのかは知らないが、大方すぐにこうやって真っ赤になって怒るからだろう。
俺は釈然としない気持ちで自席に戻った。
「やられたな。まぁ、相談のるよ」
高橋先輩がそう言ってフォローしてくれたけれど、俺は気が収まらなかった。
「ちょっと、頭温めてきます」
俺はそう言って席を立った。
社内にある”風呂”にやってきた俺は管理人の太田さんに声をかけてから男湯に入った。
この会社には風呂がある。
風呂に入ると血流が良くなり、仕事のアイデアが出やすくなるという理由で設置されたのだという。
俺は貸し切り状態の大浴場で湯船に浸かりながら、企画の事を考えていた。
と、そこに課長がやってきた。
(げっ。なんで来んだよ……)
心の中だけで悪態をつく。
体を流した課長が湯船にやってきた。
何もしゃべらない。俺からも話しかけることはしなかった。
お互い無言で気の遠くなるような時間が過ぎる。
俺は元々長湯をする方だったので課長が上がってからゆっくり風呂を楽しもうと思っていたのだが、課長はなかなか上がらなかった。
だんだん根比べみたいになってくる。
(ったく、なんなんだよ……)
そう心の中で悪態をつくと、ようやく課長が腰を上げた。
と、こちらを見ずに課長がぼそっと言った。
「企画自体は悪くねぇ」
「え?」
「だがあの企画は副社長マターだ。副社長の案を無視するな」
「……ですが」
「副社長派の援護射撃を受けた方がいい企画になるって言ってんだよ。修正しろ」
課長はそう言ってから大浴場を出ていった。
「言いたいことだけ言って出て行きやがって……」
俺は課長が出てからも湯船の中で企画を練った。
そして結局なんとか課長の言っていた方向で修正案を考えてみようと結論づけ、風呂から上がった。
更衣室に設置された自動販売機でコーヒー牛乳を買って飲んでいると、管理人の太田さんが何やらバスタオルをぱたぱた振っているのが見えた。
「太田さん? どうしたんですか」
声をかけながら見ると、なんと太田さんがバスタオルで扇いでいたのはゆでダコ課長だった。
太田さんが「しー」と指を口に当ててから小声で言った。
「橋本くん、お風呂に入る前、課長に怒られたでしょ」
「え……あ、はい」
「まったく、いつもこうなんだから。この人はね、すぐのぼせちゃう体質だからお風呂に滅多に来ないんだけど、怒った部下がお風呂に入る時だけ来るのよ。それで、さっさとフォローすればいいのに時間かかるから、いつもこうやってのぼせちゃうの」
のぼせて目を回しているらしい課長の顔が真っ赤だった。
なるほど、それでゆでダコ課長か……。
まったく。
あだ名の由来は秘密にしておこうと思いながら、俺はコーヒー牛乳を一本買って課長の側においてから風呂を後にした。
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