「月読みの書」というものを古本屋で買った。
なんでもその本は月明かりの光でしか読めないらしい。
普通の光の中でその本を開いてみても、ただ白紙なのだ。
古本屋の主人である女性が言った。
「最近は町にいると月明かりが届きにくいですから、山なんかに登って読んでみるといいですよ」
私は最近流行りの一人キャンプの道具を買い揃え、半信半疑のまま山に登った。
本当にこの本は読めるのだろうか。ただの白紙の本だったりして。
でもあの古本屋のご主人が嘘をついているようには見えなかった。
初めてのキャンプに四苦八苦しつつ、なんとかテントを張り終えた私は簡単な食事を摂ってからその時を待った。
やがて夜になり、月明かりが差し始めた。
私は本を取り出し、開いた。
月明かりのかすかな光が本の中身を照らし出している。
そこに文字が浮かび上がっていた。
本当に読めた!
月明かりの書は小説のようで、私は一人物語を読みふけった。
王子様が猫に変えられてしまうお話で、王子様と密かに恋人関係にあった町娘が王子様のことを探すという内容だった。
猫はずっと町娘のそばにいるのだが、娘はそれに気づかず、結局再会が叶わないのだった。
私はあの古本屋さんに行って「物悲しい話でしたね」と本の感想を伝えた。
するとご主人はちょっと驚いたような表情をして言った。
「また気が向いた時に読んで見るといいですよ。その時は違う結末かも」
あれから数カ月が経ち、ようやく時間を作ることができた私はまた一人で山に登った。
古本屋のご主人が言っていたことが気になっていたのである。
二回目なのである程度手早くテントを設置し、食事を終える。
やがて夜がやってきて、月の光が差した。
私はあの時のように月読の書を取り出し、読んだ。
それは王子様が猫に変えられてしまうという、同じ内容だった。
なんだ、やっぱり同じ話じゃないか。
私はがっかりしながらパラパラと月読の書をめくった。
しかし、なんとそこにはこの前読んだ時にはなかった物語の続きが存在したのである。
一体、どうして?
確かに前読んだ時は町娘が王子様を見つけられないというところで終わっていたのに。
「あっ!」
私は夜空を見上げて思わず声を出した。
そうか、そういうことだったのだ。
今日は夜空に綺麗な満月が浮かんでいる。
この前ここに来た時は確か半月だったはずだ。
月読の書は満月の光じゃないと全て読めないのだ。
私は明るい光が降り注ぐ中、物語の続きを読んだ。
猫に変えられた王子様は年に一度訪れる完璧な満月の光を受けて、見事人間の姿に戻り、町娘と結婚することができたのだった。
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