俺は今、ある動画配信者の生放送を見ていた。
その配信者はホラー系の配信者で、よく廃墟めぐりなどをしている有名な配信者だ。
今日、彼は生放送で「13ノック」という都市伝説の検証を行っていた。
なんでも、13回連続で謎のノックを聞くと死んでしまう、という都市伝説らしい。
画面の中で配信者が13ノックの解説をしている。
「今一番アツい都市伝説なんですけどね。どうやらこの13ノック、いわゆる伝播系の呪いらしいです。つまり、一人死んだらまた次の人が死ぬっていう類のね。僕が今いるこの部屋、元は後輩の部屋なんですけど、どうやら13ノックの対象になってるんじゃないかって言うんですね。それをこれから検証してみます」
配信者は固定カメラをセットし、視聴者が部屋の中を俯瞰で見られるようにしている。
もし彼に何かあった場合は、その模様が生配信されるというわけだ。
「実はこの放送を始める前にセッティングなどをしている時にですね、すでに僕、ノックを聞いているんです。つまり、あと12回、ノックをされたら僕は死んでしまうというわけですね。さて、ところで皆さん、”13″という数字がなぜ不吉なものとされているのかご存知ですか? 13日の金曜日とか、ですね。実はこれ、かの有名なテンプル騎士団が処刑された日にちに由来しているそうですよ」
配信者は得意の雑学トークで配信を盛り上げていく。
と、その時だった。
“コンッ”
配信画面から、確かにノックのような音が聞こえた。
空耳ではない。
ノックが聞こえた瞬間、配信者の動きが止まった。
配信者は慌てたようにカメラを手持ちに切り替え、窓の方へ向かっていく。
カメラが窓の外の様子を映し出したが、そこには誰もいなかった。
「今……聞こえましたよね」
夜の街が映っているカメラから配信者の声だけが聞こえる。
「はっきり、ノックの音が聞こえました。えー……皆さん。お分かりかと思いますが、ここは一階じゃありません。十階にある物件です。誰も……窓なんて叩けるはずありません」
配信者はそう言いながら窓を閉め、元の場所にカメラをセットし直した。
配信のコメントは盛り上がり、中には「やらせだろ」といったコメントも見られた。
翌日。
当然まだ配信は続いている。
俺は仕事が終わって帰宅してから配信を適当に流していた。
配信者も今は食事をしているらしく、画面からは特に音が流れていない。
そんな時だった。
またしても”コンッ”というノックの音。
配信者が慌ててカメラを手持ちに切り替えてまた窓の外を映す。
「えー……。やはり、誰もいません。ノック、間違いなく聞こえましたね……」
配信者は窓の外を映しながらつぶやいた。
三日目。
今夜もノックがあるのだろうか。
今日はちょっとした波乱があった。
ノックとは違う”チンッ”という音が窓から聞こえてきたのである。
配信者は「ノックか!?」と叫びながらカメラを持ち替えたけれど、画面の音を聞いていた俺はいつものノック音とは違うように感じた。
おそらく、検証配信を面白がった視聴者が配信者の住所を特定し、いたずらで石でも投げたのだろう。
十階の窓に石を当てるのは簡単じゃないだろうが、非常階段などの場所があれば不可能ではない。
その日はノックなしかと思われたが、視聴者によるいたずら騒動から二時間ほど経った頃、またノックが鳴った。
それは先ほどとは違い間違いなくノックの音だった。
「また、鳴りましたね……。あと9日。何が起きるのでしょうか」
配信者はそう言うと布団の中に入った。
配信者が寝ている間も配信は続けられているが、リアルタイムの視聴者数は減っていく。
俺はしばらく配信者が寝ている姿をぼーっと眺めていた。
はっと目を覚ますともう朝だった。
配信者の画面を見ると、そこには誰も映っていなかった。
「ん……?」
俺は画面の中のおかしな点に気がついた。
窓が開いている。
配信者は、いつノックが来てもいいように窓はいつも閉めていたはずだ。
それが今は開いている。
いつ開いたのだろう、と思い、俺は画面を操作して映像を戻した。
「えっ……」
画面を見ながら俺は思わず一人、つぶやいた。
配信者が布団の中に戻っている。配信者は寝ているようだ。
その画面のまましばらく経った後、それまで閉まっていた窓がひとりでに開いたのである。
「なんだ、どうなってる?」
俺はもっと映像を戻してみることにした。
と、何か音が聞こえたのでそこで映像を止め、改めて再生してみた。
画面の中、配信者が寝息を立てて寝ている。
“コンコンコンコン”
突然、窓を誰かがノックするような音が連続して響いた。
“コンコンコンコンコン”
全部で……9回。
と、ノックの音がした後、窓が一人でに開いた。
瞬間、窓から侵入する女の姿が見えたのだが、すぐに画面から消えてしまう。
しばらくすると、配信者のうめき声が聞こえ始めた。
配信者は「ぐぅううう」と重苦しいうめき声を上げながら布団を這い出て、床を転がるようにして画面から消えていった。
その後、不気味な静寂が訪れた。
それから配信を元のリアルタイムに戻してみたが画面に変化はない。
俺は普段こうした配信は見る専門でコメントはしないのだが、思わずコメントを打った。
『配信者さん無事?』
今も数人の視聴者がいるようだが、俺のコメントに返信はなかった。
『窓開いたよね。その後のところ見て』
『04:17のとこ』
『誰かいない?!』
コメントに返事はなかった。
他の視聴者は配信を映したまま作業でもしているのだろうか。
誰でもいい、誰か気づいてくれ。
俺は祈るような気持ちでコメントの返信を待ったが、返信はなかった。
「ん……?」
今、配信者の配信画面いっぱいに、女の顔が映し出されたような……。
“ドンッ”
その音に、俺はびくりと身を震わせた。
恐る恐る背後を振り返る。
“ドンッ”
俺が一人で住んでいるこの部屋。
“ドンッ”
そのドアを何者かがノックし続けている。
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