歯科医の苦悩

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 道を歩いていると、どこかから「パーティーしようぜ!!!」「yeah!!!」なんていう威勢の良い声が聞こえてきた。

 声のした方を見ると、若者が数人連れ立って歩いている。

 しかし先ほどの声はその若者たちのものではない。

 私は若者のうち一人の肩に手を置いて言った。

「あの、ちゃんと歯磨きしたほうがいい」

 若者はそんな私を不審者を見る目で見てから歩き去っていく。

 それはそうだろう。見ず知らずの人間にそんなことを言われたら誰だってそうなる。

 だが、忠告はしたぞ。

 若者とは逆方向に歩き始めながら昔を思い出す。

 私は昔から虫の声が聞こえた。

 最初に聞こえたのはセミの声だ。

 家の網戸にとまってジージー鳴いていたセミが突然「あちぃ〜よぉ〜」と騒ぎ出したのだ。

 一体何ごとかと驚いたのだが、どうやらそれはセミの発している声らしい。

 セミはあんなにやかましく鳴いて何を言っているのかと思ったら「あちぃー」と騒いでいたのだった。

 虫の知らせ、なんて言うけれど、私はリアルに虫の声が聞こえるようになったのだ。

 そしてやがて私は昆虫などの虫だけではなく、虫歯の声も聞こえるようになった。

 虫歯が先ほどのように嬉々として歯でパーティーをする音。それが聞こえる。

 虫歯の声が聞こえるようになってからは最終的に虫歯の姿も見えるようになった。

 虫歯は……なんというか黒い影のような存在である。

 そんな虫歯が人の口の中にいるのだ。

 普通の人に虫歯の声は聞こえないだろう。

 歯科医だってそれは例外ではないはずで、歯科医は知らない内に虫歯を殺して治療を行っているのだ。

 私も歯科医院を営んでいるのだが、私の歯科医院の評判は上々である。

 私には虫歯の声が聞こえるので余計な治療はしない。それが評判の良さにつながっているのだろう。

 しかし……私にも悩みがある。

 私は今、ある一人の患者の口の中を覗いているのだが、一匹の虫歯が私にこう訴えかけてくる。

「殺さないでくれぇ〜なんでもするからぁ〜」

 たまにこんな虫歯もいるのだ。

 私は仕方なく患者さんの目を盗んでピンセットで虫歯をつまみ上げた。

 そしてその虫歯をこっそり虫かごに入れる。

 
 患者さんが帰った後に、虫かご一杯にたまってしまった虫歯に餌をやる。

 餌はもちろん、砂糖や菓子などである。

 私が角砂糖を一つ落とすと、黒い影のような虫歯たちは沸き立った。

「パーティーだ!!!」

「yeah!!!」

 そんな虫歯たちを見ながら私は苦笑する。

 虫歯は、人の歯にいなければ気のいいやつらなのだ。

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