私のおばあちゃんのエプロンは手品エプロンだ。
料理をしている時以外でもいつもエプロンをしていたおばあちゃんに私が
「おばあちゃん、手品してー」
と言うとおばあちゃんはにっこり笑って「じゃあ目をつむって」と言うのだった。
私が言う通りに目をつむると「もういいよ」という声がして、「ポケットに手を入れてごらん」とおばあちゃんが言う。
おばあちゃんのエプロンに手を入れると、そこには決まって飴玉が入っていた。
手品は一日一回だけ。
いつでも飴玉を出す事ができるおばあちゃんの手品エプロン。
少し大きくなった私は「台所のどこかに飴を隠しているんだな」と思って、庭で草むしりをしているおばあちゃんに「手品やってー」とねだった。
おばあちゃんはいつも通りに私に目をつむらせて、すぐに「いいよ」と言った。
私がエプロンのポケットに手を入れるとなんとそこに飴玉があった。
当時の私はとても不思議に思ったものだが、もしかしたらおばあちゃんはいつ私に手品をねだられてもいいように服のポケットに飴を入れておいたのかもしれない。
そんなおばあちゃんが亡くなった時、私は形見分けでエプロンをもらった。
その時お母さんは「飴のエプロンね」と言っていたので、お母さんも小さい頃手品をしてもらったのかもしれない。
私はおばあちゃんのエプロンを自宅のキッチンにかけておいた。
「おや?」
夕食の準備をする為にキッチンに立った私は、誰もいない家で独り言を言った。
昨日洗ったばかりのおばあちゃんのエプロンのポケットに飴玉が入っている。
私はもちろん入れていない。
もしかしてと思い、夫に聞いてみると「そんなことするわけないじゃん」という返事が返ってきた。
どういうことだろう、と思っていると、次の日にもまた飴玉が入っていた。
昨日とは色違いの飴玉。
まさかこんな形でおばあちゃんの手品の種が分かるとは思わなかった。
おばあちゃんは飴玉を仕込んでいたんじゃない。
このエプロンから勝手に飴玉が出てきていたのだ。
昔、超能力者の写真から砂糖が出るなんていう噂を聞いた事があったが、どうせ嘘だろうと思っていた。
しかしおばあちゃんのエプロンから飴玉が出てきたのだから、超能力者の写真からは砂糖くらい出るのかもしれない。
「ねぇ、手品してー」
いつしか私は息子にそう言われるようになった。
おばあちゃんの手品はエプロンと共に私に引き継がれたのだった。
我が家に伝わる手品の秘術。もちろん、息子には種は教えない。
そして手品を披露する相手が息子から孫に変わり、やがて孫も手品をねだらない年齢になった。
私は台所に立つ事も少なくなり、おばあちゃんのエプロンは洗って押入れにしまった。
ある日、夜中に押入れから「ボコッ」と音がして何事かと押入れを開けてみると、おばあちゃんのエプロンを入れた衣装ケースの蓋がひとりでに外れて、そこから飴玉が溢れていた。
手品を披露する相手がいなくなっても、エプロンからは飴玉が出続けていたらしい。
どうしたものか。
孫はみんな男の子だからエプロンをあげるわけにもいかないし。
捨てるのは……やはり抵抗がある。
そこで私は、近所の保育園で働いているヨッちゃんを呼び出した。
ヨッちゃんは孫の幼馴染で、小さい頃よくうちに遊びにきていた女の子だ。
「たっちゃんのおばあちゃーん。来たよー」
来てくれたヨッちゃんを自室に招き入れ、私はエプロンの秘密をヨッちゃんに話した。
「えぇー!? じゃあ、おばあちゃんがよく小さい頃やってくれた手品って種がなかったってこと?」
そう言ってヨッちゃんは驚いた。
「そう。他のみんなには内緒だよ」
私がそう耳打ちすると、ヨッちゃんは「分かった」と言って可愛く笑った。
そうしてエプロンは保育園にもらわれていった。
保育士さんには保育士さんのエプロンがあるのでヨッちゃんがあのエプロンをすることはない。
しかしあのエプロンは保育士さんたちの部屋に立てかけてあって、一日一つポケットに現れる飴は「その日一番大きく挨拶できた子」にあげるのだそうだ。
あのエプロンになぜ飴が現れるのかは分からない。
だけどいつの時代も子供は飴が好きだ。
あの手品エプロンはこれからも子供を喜ばせ続けるだろう。
これからも、ずっと、ずっと。
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