なかなか内定を獲得できない俺の元に、同じく就活で苦戦している友人から「温泉に行かないか」と誘いが来た。
友人曰く「入ると内定が出る温泉」というものがあるらしい。
「アホか。そんな温泉があるかよ」
「まぁ、息抜きも兼ねてってことで」
そんな友人の強引な誘いで、俺は某県にある温泉へ一泊二日の小旅行に向かった。
その名もずばり「内定温泉」に着いた俺と友人はさっそく温泉に入ることにした。
しかしそこはごくごく普通の温泉で、何か特別な効能があるとは思えなかった。
「温泉の中に就活のポイントが書かれた札があるとか、そういう感じかと思ったけど、何もないな……」
隣でそう呟く友人に俺は
「まぁな。でも温泉自体は悪くないな。露天風呂なんて久々だよ」
とフォローも含めて返事をした。
友人は「そうだな」と言って頭に乗せたタオルを湯船の外で絞った。タオルにも「内定温泉」の名前が印刷されていた。
温泉から上がり、特にやることもなかったのでうだうだしていると「食事の準備が出来ました」と呼ばれた。
大広間の席につく。俺たち以外にも何組か宿泊客がいるようだが、特に旅行のシーズンというわけでもないので客はさほど多くない。
俺たちと同じくらいの年齢の客はおらず、ほとんどが高齢の客だった。ここは本当に内定が出る温泉なのか?
運ばれてきた料理を口に運ぶ。普通の料理だ。普通に、まぁ、うまい。
友人と一緒にボソボソと食事をしていると、温泉宿の主人らしきオヤジが「にいちゃん達、就活生だろ」と声をかけてきた。
「そうです」
と友人が答えると、オヤジは「やっぱなぁ〜」と言って笑った。
「あの、ここって本当に内定が出る温泉なんですか?」
そう俺が聞くと、宿のオヤジは「んな温泉あるわけないじゃん」と事もなげに言った。
「えぇ〜! 僕たち、ここが内定の出る温泉だって聞いて来たんですよ」
「そんなの知らねぇよ〜。ここは代々同じ名前でやってるんだ」
「名前って?」
「内定(うちさだ)温泉」
そう言って笑ったオヤジに、俺と友人はガックリと肩を落とした。
「ま、もしどこからも内定出なかったら、うちで雇ってやるから」
そう言ってオヤジが笑う。
なんだか力の抜けた俺たちは
「本当に雇ってくださいよ?」
と軽口を叩き、オヤジが「景気付け」と言ってご馳走してくれたお酒を飲んで、久々に就活の重圧から解放された気がして夜中まで騒いだ。
翌日、オヤジさんにお礼を言って俺たちは「内定温泉」を後にした。
驚いたのは、それから1ヶ月後、俺と友人二人とも企業から内定が出たことである。
俺と友人は「あの温泉、まさか本物だったのか」と言い合い、お礼も兼ねて内定温泉のオヤジさんに電話をした。
「ははは。やっぱりにいちゃん達も内定出たのか。ここに来た学生さんはさ、みんなかたぁ〜い、くらぁ〜い顔してるから、温泉入ってもらって、就活ダメなら雇ってやるって言うんだよ。そうするとみんな肩の力が抜けてさ、あっさり内定もらっちゃうわけ。にいちゃん達も、よかったな。おめでとう」
電話を切った俺たちは、卒業までにもう一度あの温泉に行くことに決めた。
そして、就職に悩む学生の掲示板にこんな噂を流した。
“入ると内定が出る温泉があるらしい”
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