泥睡眠サロン

ショートショート作品
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「食べてすぐ横になると牛になるよ!」

 夕食後、ソファで横になっていると妻にそう怒られた。

 息子がそれを聞いてお腹を抱えて笑う。

 休日くらいゆっくり休みたいんだけどなぁと思いながら俺は体を起こした。

 平日の疲れをまだ引きずっている俺は肩をぐるりと回してから伸びをしてため息をついた。

 
 翌日、月曜日の辛さを体全体で感じながら俺が休憩スペースで缶コーヒーをすすっていると同僚の佐藤が「随分疲れてんなぁ」と声をかけてきた。

「月曜日だぞ。当たり前だろ」

「だな。月曜日が一番疲れている気がする」

「うん」

「そんなおまえにいいところを紹介してやろう」

「何?」

「このサロンなんだけどな」

 佐藤がそう言って紹介してくれたのは”泥睡眠サロン”というサロンだった。

「”泥のように眠る”って言葉があるだろ? その言葉どおりに泥になって眠ることができるサロンなんだ。ここに行けば生まれ変わったような気持ちになれるぞ」

 佐藤があまりにいいと言うので気になった俺はその日の仕事を終えるととりあえず説明だけ聞きにサロンに向かった。

 サロンに着くと受付の女性がサロンの説明をしてくれた。

 個室に入ったらまず服を脱いで、個室内に用意された泥のオイルを自分で体に塗る。

 すると体が泥のようにくたくたになって、自然と眠りについてしまうらしい。

 料金は完全前払い制になっているそうで、来店する際は貴重品は持たず装飾品もつけて来ないようにとのことだった。

 俺はとりあえず予約だけ済ませ、後日改めてサロンに来ることにした。

 数日後、改めてサロンを訪れると受付の女性から個室の鍵を手渡された。

 個室に入ると眠りやすそうな照明に照らされた部屋に毛布などの寝具が用意されている。

 そしてその側に大量の泥のオイルが置いてある。

 俺は事前の説明通りに着てきた衣服を脱ぎ、泥のオイルを体中に塗った。

 途端、体全体がどろりと溶けたような感覚に陥る。

 いや、これは感覚だけではなく……本当に溶けているのだ。

 まだ形を保っている手を使ってオイルを足していくと、だんだん俺の体がどんな形をしていたのか分からなくなり、倦怠感と共に強い眠気が……。

 はっと目を覚ますと体が元通りに戻っていた。

 時計を確認すると個室に入ってからすでに十時間以上経過している。

 泥は砂になっていて、軽く払うだけで体は綺麗になった。

 服を着ながら俺は体が嘘みたいに軽いことに気がついた。

 料金はすでに支払っているのでそのままサロンを出る。

 佐藤にお礼を言わないとな、と思いながら俺は家路についた。

「ただいまー」

 玄関の扉を開けると、息子が「おかえりー!」と言いながら走ってきた。

 いつもなら、今日クリアしたゲームがどうとか、読んだ漫画がどうとかしゃべりだすのに、息子は俺を見た瞬間、固まった。

 そして何かが爆発したように笑い始めたのである。

「お母さーーん! お父さんが本当に牛になっちゃったよー!」

 息子がそう叫びながら台所に駆けていく。

 どういうことだ?

 俺は洗面所の鏡で自分の顔を見て、ようやく息子の言ったことの意味が分かった。

 サロンには装飾品をつけないで行かなければならなかったのに、どうやら俺は結婚指輪を外し忘れていたらしい。

 体が泥になった時に移動したのだろう。

 左手の薬指についているはずの結婚指輪が俺の両鼻にまたがるようについていて、まるで牛の鼻輪のようになっていた。

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