僕は大学生としてはかなり異色なアルバイトをしている。
いや、大学生に限らずかもしれない。
僕のアルバイトは「ゾンビ」だ。
ゾンビとは数々の映画や漫画、小説などで描かれている、いわゆる歩く死体の化物だ。
作品によって歩いたり走ったりするあのゾンビ。
この「ゾンビ」という化物には不思議な事にある一定の需要があって、僕が働いている会社ではゾンビの派遣業務を行なっている。
僕は元々ゾンビが好きだったこともあり、この会社で「派遣ゾンビ」として働いている。
一般的にイメージしやすい仕事としては、映画のゾンビ役としての派遣がある。
会社のメイクさんに特殊メイクを施してもらい、素人とは一線を画するゾンビの演技で映画を盛り立てる。
あとはドッキリの仕掛け人に派遣を依頼されることなんかもある。
普通は自分たちでやるものだと思うが、本物志向の人もいるのだ。
性質としては「ドッキリ」に近いものの中で、今需要が伸びているのが「ラブゾンビ」だ。
これはうちの社長が名付けたサービス名で、要はカップルの愛を深める為のゾンビ派遣である。
カップルのどちらかに依頼されて、ゾンビとして僕が現場に出現する。
男性からの依頼としては、彼女の前で勇敢にゾンビへ立ち向かうことで彼女の株をあげたいというものが多く、女性からの依頼としては、彼氏がゾンビから自分を守ってくれるかどうかで彼氏の愛を推し量ろうというものが多い。
どちらかというと女性からの依頼が多いサービスだ。
だが、今日会社の事務所に訪れたのは男性だった。
それもかなりのイケメン。
「彼女にいいところを見せたいんすよ」
とその男はニッと笑った。
依頼主である彼と社長、そして僕の三人で派遣の算段をする。
まず必要になるのはターゲットとなる彼女への”教育”だ。
彼女がそもそもゾンビを知らない場合、僕がゾンビとして現れても単なるやばい奴に見えてしまう可能性もあるので、参考となる映画を二人で観てもらうといった、下準備が必要なのだ。
依頼主の彼が言うには、彼女は元々ゾンビが好きなのでその点は問題ないという。
あとはゾンビとしての僕が出現する日時、場所を打ち合わせるだけだ。
「じゃあ、お願いしますね」
彼は前払いの料金を支払って帰っていった。
そして作戦決行当日。
僕は会社が用意したハイエースの中でメイクさんに特殊メイクをしてもらった。
不思議なもので、どれだけ直前に他のことを考えていたとしても、このメイクをしてもらった途端、ゾンビとしてのスイッチが入る。
「ウ〜……」
試しに唸ってみると、社長が「今日も仕上がってるじゃん」と笑った。
約束の時間十分前になったので、僕は暗い路地の端に座り込んだ。
時間まで、息を潜めて待つ。
約束時間になったところで、遠くから足音が二つ聞こえた。
「ターゲットだよ」
耳につけたイヤホンから、社長の声が聞こえる。
念の為、社長が依頼主かどうか確認して僕に連絡をくれるのだ。
(よし……)
僕は物陰から姿を現した。
ずりずりとすり足で二人に近づく。
二人がこちらにやってきた。
「何……あの人」
依頼主の彼女らしい女性の怯える声が聞こえる。
「ん?」と依頼主がとぼけたような声を出す。
僕はゆっくり、粛々と二人に近づいた。
そして二人が聞こえるくらいの距離になって僕は「ウゥウ……」とゾンビらしい唸り声をあげた。
あらかじめ僕は自分の姿が逆光になるように計算しておいたので、彼らには僕が恐ろしい化物に見え、僕には二人の姿がはっきり見える。
男性はターゲットに違いない。
そして、女性は……。
(えっ?)
僕は思わず足を止めそうになった。
なぜなら、そこに立っていた女性は僕の知り合いだったからだ。
いや、ただの知り合いではない。
大学でゼミが一緒のミキさん。
さらに言えば僕の片思い相手だ。
(依頼主の彼女って……ミキさんだったのか……)
だとすればゾンビに詳しいのもうなずける。
彼女は僕に負けずとも劣らないゾンビフリークなのだ。
だから僕たちは仲がいい。
ミキさんの友達のエリカさんとよく三人で話をする。
でも……まさか、ミキさんに彼氏がいたとは。
しかもあんなイケメン。
僕は心が折れそうになりながら、それでも職務を全うすべく、ゾンビのすり足で動いた。
「下がってな」
イケメンの依頼主が、ミキさんを後ろに下げる。
いちいち所作がかっこいい。
そして依頼主は僕らがあらかじめ用意しておいた偽造武器である木材を持って、僕の前に立ちはだかった。
僕が、その実は柔らかい素材の木材で殴られて、彼が彼女の手を引いて去っていけば、任務は完了である。
依頼主がこちらにやってきた。
(あ、やばい泣きそう)
泣くゾンビなんて聞いたことがない。
僕は涙をこらえながら彼に近づいた。
彼が木材を振りかぶる。
あぁそうだ、やってくれ。
彼が木材を振り下ろす……と思った、その瞬間。
「やめて!」
というミキさんの叫び声と共に、僕は良い匂いに包まれた。
なんと彼女が僕に抱きついて、僕をかばっているのだ。
「ミキ……?」
依頼主がすっとんきょうな声をあげる。
「この人、私の友達なの! タカキくん!」
ミキさんが僕の名前を呼ぶ。
「タカキくん、どうしてこんな姿に……? とうとう本物のゾンビになっちゃったの!?」
ミキさんがそう言って僕にしがみつく。
「ミ、ミキ! 危ないから離れろ!」
「いや! ごめんなさい……私、私、タカキくんのことが好きだったの! あなたよりずっと!」
「えっ」
思わず僕はそう言ってしまった。
「はぁ? なんだよ、それ!」
「ごめんなさい。エリカに言われてあなたと付き合ったけど、やっぱり、無理です」
そんなことを言うミキさんに抱きしめられながら、僕はゾンビの演技を続けた方がいいものかどうか迷ってしまった。
「んだよ! 意味わかんねー! 勝手にしろよ!」
とイケメンの彼が木材を放り投げて去っていく。
ミキさんがこちらを向いた。
「タカキくん、しっかりして! 大丈夫よ、ゾンビになっても治療法があるかもしれないから。私がタカキくんを守るわ!」
そんな、映画だったらバッドエンドまっしぐらなセリフをミキさんが言う。
「あ、あの、ごめん、ミキさん」
と僕はようやくそこでゾンビの皮を脱いだ。
会社のハイエースの中で僕の話を聞いたミキさんはそれはそれは驚いていた。
僕はメイクを落としてもらいながらミキさんに謝り、そして社長にも謝った。
社長は「まぁしゃーないわね。彼には前金返しておくよ」と言ってくれた。
そしてそんなことがきっかけで僕とミキさんは付き合うことになった。
怪我の功名というか、なんというか……。
ミキさんと付き合えたことは嬉しかったが、正直、依頼主の彼には申し訳ないことをしたなと思っている。
そんな気持ちでバイト先に向かった僕に、社長が「紹介したい人がいる」と言った。
「入って」と社長が言うと、事務所の奥から男の人が姿を現した。
「え!?」
それは、あの依頼主のイケメンだった。
「ふふふ、実はね、こいつ私の弟」
「弟!?」
そう言われてみれば、なんとなく似ている気がする。
「こいつもね、実はこの会社で働いてるのよ。君とは全然違うサービスだけどね」
そう言って社長が説明したのは「派遣イケメン」というサービスだった。
イケメンの男は派遣先に事欠かないが、会社が主に手掛けているのはやはり恋愛がらみのサービスらしい。
特に多いのが、なかなか進展しない男女の仲を取り持つために、いわゆる「当て馬」として派遣されるケースらしい。
「今回の依頼主はね、ミキさんの友達のエリカさんだったんだ」とイケメンが笑った。
どうやら、くっつきそうで全然くっつかない僕たちを見かねてエリカさんがイケメンさんを雇ったらしい。
そして彼は無理やりミキさんと付き合って、彼は二人をくっつける為に今回の派遣ゾンビを計画したのだった。
「ふふふ」と笑う社長も、すべてを知っていたらしい。
「というわけで、これからは同僚としてよろしくね」とイケメンに笑顔で握手を求められた僕は、まだ頭が追いつかず、ゾンビよろしく唸るしかなかった。
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