くらやみ乗車券

ショートショート作品
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 私は小さい頃から暗闇が苦手だったの。

 そんな私に、兄が”くらやみ乗車券”というものを作ってくれた。

 その乗車券を使うと、ベッドの中で兄がお話をしてくれるの。

 私はそのお話を聴きながら、いつの間にか眠ってしまったわ。

 でも、兄が亡くなってしまって、乗車券は使えなくなってしまった。

 両親は、しばらく私が両親と一緒に眠ることを許してくれたわ。

 もしかしたら両親にとっても私が必要だったのかもしれないわね。

 しばらくして、私は一人で眠るには十分な年齢になった。

 私はまた一人で眠るようになったのだけれど、まだ暗闇が怖かった。

 だから私はくらやみ乗車券を握って眠ったわ。

 そうしたら兄がお話をしてくれたの。

 それも新しいお話をよ。

 誰も信じないけれどね。

 そうやって私は、今日まで暗闇を克服してきたの。

 兄が乗車券の有効期限を書き忘れてくれたおかげね。

***

 ロッキングチェアに座っているリタおばあさんは、暖炉の前で寝息を立て始めた。

 ここは身寄りのないご老人のお世話をする施設で、僕がリタおばあさんと知り合ったのは随分前だったけれど、こんな話を聞いたのは初めてだった。

 話を聴いていた僕たちは、暖炉の火を消して、いつものようにリタおばあさんに暖かい肩掛けをかけて電気を消した。

 リタおばあさんは、いつもここで眠りたがった。

 一番遅く人がいなくなって、一番最初に人がやってくる場所だからだそうだ。

 もしかしたら、今でも暗闇が怖いのかな。

 リタおばあさんは文字のかすれたくらやみ乗車券を握りながら寝息を立てている。

 僕は、同じ施設内の従業員に割り当てられた寝室で、想像した。

 今もリタおばあさんは、お兄さんのお話を聴いているのだろうか。

 朝、冷たくなっているリタおばあさんを見つけたのは僕だった。

 ロッキングチェアのそばに、あのくらやみ乗車券が落ちていた。

 火葬場で最後のお別れをする。

 身寄りのないリタおばあさんを、従業員みんなで見送るのだ。

 最後のお別れが終わり、リタおばあさんの体が火葬炉に運ばれていく。

 僕はいつもこの瞬間、どうしても胸がしめつけられる。

 しかし今日は違った。

 コトンコトンと音を立てて、線路を進む電車のように、リタおばあさんが火葬炉の暗闇に運ばれていく。

 もしかしたら、リタおばあさんにとって、その場所は好ましいのかもしれない。

 だって、僕たちは、あのくらやみ乗車券を、リタおばあさんの棺に入れたのだから。

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