昔、ある村で稲作農家が大打撃を受けた。
育てていた稲から米がすっかりなくなってしまったのである。
一体誰の仕業なのか?
まさか、いなごか。
すぐにその原因は分からなかった。
しかし調査の結果、驚くべきことが分かった。
稲を襲ったのは、風だったのだ。
風が稲になった米を食べている。
次の年も同じように米は食べられてしまった。
「これではもう、生きていけないぞ」
一人の農家がつぶやいた。
と、村一番の知恵者である老人が言った。
「米を炊いて振る舞えばいい」
次の年、村人は米を炊いて風の到来を待った。
今年も稲を襲われたらもう終わりだ、と農家は震えた。
しかし、なんと風は炊いた米だけを食べていったのである。
稲は無事だった。
「炊いた米のほうがおいしいからのぉ」と老人は笑った。
次の年からは何もしなくても稲が襲われることはなくなった。
一度炊いた米の美味しさを知ってしまったからだろう。
しばらくはそれでよかったのだが、今度は家畜に影響が出るようになった。
風が吹いた後、家畜が食べられているのである。
それではたまらないということで、炊いた米を奉納する祭りが年に一回行われることになった。
これは私の住む町に語り継がれる伝説である。
普通なら信じないような話だが、この町では誰も疑うものなどいない。
なぜなら、毎年その目で風の姿を目の当たりにするからだ。
今年も家族一人につき一つ、おにぎりを握って神社に納めた。
町中からおにぎりが集まり、おにぎりの山ができた。
おにぎりが揃うと、空気の流れがぴたりと止んだ。
町の人達が足早に帰路につく。
私は母親に手を引かれ、神社を仰ぎ見た。
町の入り口にある森が震えだす。
今年も腹をすかせた巨大な突風がやってくる――。
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