勧誘甘味処

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 刑事の米倉はパートナーの木林と一緒に「甘味処」と書かれた店に入った。

 二人は店のマスターらしき男にカウンターに案内され、腰をおろした。

 テーブルの方がよかったのだが、予約されているという。

 ここは、あらゆる悪質な勧誘が行われることで有名な店である、との情報を入手した。

 違法なマルチ商法、売春、薬物など。

 木林はのんきにパフェを頼んでいる。

 甘いものが苦手な米倉は甘くないものを頼もうと思ったが、店のメニューはすべて甘いものだった。

 仕方なく、比較的甘さがましだろうと思われるオレンジジュースを注文する。

 今、店には米倉たちの他に二組の客がおり、二組ともテーブルに座っていた。

 ほんのわずかだが、話し声が聞こえてくる。

「絶対安全だから」

「友達を誘うだけでお金が儲かるんだよ」

 そんなフレーズが聞こえてくる。

 間違いない。やはりここでは悪質な勧誘が常習的に行われている。

 木林に目線を送るが、木林は美味しそうにパフェを頬張っていた。

 カウンターの向こうにいるマスターが「気に入っていただけて嬉しいです」と目を細める。

 それから米倉の方を見て「なにか別のものをお持ちしましょうか?」と聞いた。

 気がつくと、まったく手をつけていないオレンジジュースが汗をかいていた。

「あぁ、いえ。大丈夫です」

 オレンジジュースを一口含む。

 マスターがなおも話しかけてきそうな雰囲気だったので、相手を木林に任せ、米倉は文庫本を取り出した。

 今はテーブル席の客の話を聞いておきたい。

「あぁ、それ枕研吾の新作ですか?」

 マスターが本を見て言う。仕方なく米倉は答えた。

「えぇ、そうなんです」

「枕研吾、お好きなんですか?」

「はい」

「デビュー作がいいですよね。あのトリックは中々思いつかない」

「そうですね。あれはミステリー界に残るトリックだと思います」

 つい会話に乗ってしまう。

 待てよ。

 これは、まさか……。

 米倉は手持ちの小さな鞄から紙を取り出して、紙にメモをした。

 マスターがなおも話を続ける。

「私、枕先生のファンで、色々なサイン本やグッズを持っているんです。どうです、もうすぐ店を閉めますので、家に見に来ませんか」

「え、いいんですか? それは、ぜひ」

 米倉はそう答えながら紙を封筒にいれた。

 木林が「楽しみっすねぇ!」などと言って口についたクリームをぬぐっている。

 ダメだ、奴も手遅れだ。

 これだけでも、出さなければ……。

 米倉は「失礼」と言い残して、店を出た。

 向かいの道にあるポストに封筒を投函する。

 その後、米倉は一歩、また一歩と店に戻っていった。

 いつの間にか客がいなくなっている。

 マスターがニコリと微笑んだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

***

 城島は苛立っていた。

 米倉と木林が帰ってこない。

 城島は部下を呼びつけて言った。

「違法な勧誘が行われているとの疑いがある甘味処に捜査員を送ったが帰ってこない。様子を見てこい」

「はい」

「ただし、店のものには口をつけるな」

「どういうことですか」

 城島は一枚の紙を取り出した。

 そこには乱雑な字でこう書いてあった。

「店の甘いものを口にするな。逆らえなくなる」

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