こんな都市伝説を聞いたことがある。
人は極度に疲れると、ある異世界に飛ばされる。
そこは非常に静かな場所で、一人だけ人間がいるらしい。
その人間が身の回りの世話などをしてくれるそうだ。
疲れた人はそこで長い長い時間を過ごす。
そして十分に疲れが取れたところで、元の世界に戻る。
一体どれだけの時間が過ぎたのか、と思ったら、実際には一晩しか経っていないそうだ。
そんな都市伝説。
都市伝説だと思っていた。
まさか自分がここに来ることになるとは。
夜、ベッドで眠りについたと思ったら、いつのまにかここに立っていた。
非常に穏やかな風が吹く、小島にぽつんと建ったコテージ。
そこに僕はいる。
生後まもない子供の世話と仕事の両立に、身体も精神も疲弊していることは気づいていた。
しかしここに来るようなことになるとは思ってもいなかった。
それに、ここに来るべきは僕ではなく妻だと思う。
「こんにちは」
声をかけられ振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。
これも都市伝説通りだ。
異世界には一人の人間がいる。
そしてその人間は自分にとって最も魅力的な人間である、と。
その人間に恋をしてはいけない。
恋をすると元の世界に戻れなくなる。
「こちらへどうぞ」
僕は女性に促されてコテージの中に入った。
それから僕は、このコテージで長く、静かな時間を過ごした。
目を覚ましたら好きなだけゆっくりと時間をかけて朝食を食べる。
そして本を開き、そよ風を感じながら読書にふける。
昼食後は適度に体を動かし、早めの風呂に入る。
そして夜は自分の寝たい時間に眠る。
そんな生活を送る僕のそばにはいつもあの女性がいた。
女性は僕のそばにいたが、いて欲しくない時には姿を消した。
そして僕がこのコテージを去る日がやってきた。
「お元気で」
女性はそれだけ言った。
彼女から目を逸らせない。
この人に恋をしてはいけない。
「僕は……」
そう言いかけた時、ぐらりと地面が揺れた。
立っていられないほどに揺れは強くなっていく。
地面が裂けて、僕はその中に落ちた。
「ちょっと、大丈夫!? ちょっと!」
目を開けると、妻が僕の顔を覗き込んでいた。
僕の肩を掴んで揺さぶって起こしたようだ。
「すごい叫んでたよ」
「……あぁ、ごめん。悪い夢を見た」
僕の答えに安堵したように、妻がふうと息を吐く。
目尻に熱い感覚があって、僕はこっそりと寝巻きの袖でそれを拭った。
子供の泣き声が聞こえる。
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