離れのすごろく

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 私は毎年おじいちゃんとやるすごろくを楽しみにしていました。

 私が両親と一緒に母方の実家に帰省すると、おじいちゃんがすごろくを作って待っていてくれるのです。

 おじいちゃんのすごろくは手作りでした。

 すごろくのマス目には”みかちゃんがお金を拾ったよ 一進む”、”みかちゃんが怪我をしちゃった! 一回休み”なんて書いてあって、手作り感が満載なのでした。

 お父さんやお母さんが退屈な話をいている間、私はおじいちゃんのいる離れに行って、おじいちゃんとすごろくを楽しむのがいつものパターンでした。

 おじいちゃんは毎年新作のすごろくを作って私を待っていてくれるのでした。

 私は毎年毎年そうやっておじいちゃんとすごろくを楽しんでいたのですが、ある年のこと、私はおじいちゃんのすごろくに隠されている秘密に気づいてしまったのです。

 すごろくを始める前に、おじいちゃんがお茶菓子を取ってくると言って離れを出て行きました。

 私はなんとなく退屈しておじいちゃんの部屋を物色し始めたのですが、その時に偶然去年のすごろくを見つけたのです。

 一昨年のも、その前の年のもありました。

 去年のすごろくを見ながら私はとても驚きました。

“みかちゃんが病気をしてしまったよ! 一日休み”

“みかちゃんが三回連続でテストで満点を取ったよ! 三つ進む”

 そんないつもの調子でマス目には文章が書いてあったのですが、そこで私ははたと気がついたのです。

 もうずいぶん前のことですが、私は去年、病気をしてしまって結構長い間学校を休みました。

 そしてこれはほんの一ヶ月ほど前なのですが、小学校のテストで三回連続満点を取ったのです。

 このすごろくに書かれたことが、本当になってる。

 すごろくをやった時に、おじいちゃんのコマと私のコマが通った道筋に線が引かれていたのですが、さっきの二つのマス目には私のコマが止まった形跡があります。

 まさか、そんな。

 私は信じられない気持ちですごろくを見つめました。

 その時おじいちゃんがお茶菓子を持って戻ってきたので、私は反射的に離れを飛び出してしまいました。

 それから私はもうおじいちゃんと一緒にすごろくをやらなくなりました。

 両親に「すごろくをやりに行かないの?」と聞かれると「もうすごろくなんてつまんないから」と言い訳をしました。

 そして私はなんとなくおじいちゃんのいる離れにも行かなくなってしまったのでした。

 そんな懐かしい日々を思い出したのは、私が久しぶりにおじいちゃんの離れに足を踏み入れたからです。

 そこにおじいちゃんはもういませんでした。

 おじいちゃんはみんなのいる場所に寝かされていて、もう起きることはありません。

 夫や娘と一緒におじいちゃんに会いにきた私は、

「ごめんね、おじいちゃん。すごろく、ありがとうね」

と直接言えなかったことを言いました。

 私がおじいちゃんと遊んでいた頃と全然変わっていない離れを眺めた私は、みんなの元に戻りました。

 おじいちゃんの葬儀は静かに行われました。

 私はみんなと一緒におじいちゃんの思い出話に花を咲かせました。

 中には私が良くすごろくをおじいちゃんとやっていたことを覚えている人もいて、私は確かにあったその時期のことを懐かしく思い出したりしたのですが。

 親戚のみなさんと話しながら、私はいつの間にか娘の姿が見えないことに気がつきました。

 私は居間を出て娘を探しました。

 それほど広い家じゃありません。

 隠れる場所などないはずですが……。

 私はまさか、と思い離れに向かいました。

 離れのふすまを開けると、娘の後ろ姿が見えました。

「何してるの!?」

 私は思わず叫びました。

 すると娘は驚きながらこちらを振り向きました。

 娘はおじいちゃんのすごろくをやっていました。

 私は思わず娘の肩をつかみ「どこまでやったの!?」と聞きました。

 娘は私の剣幕に驚いた様子で「ここ……」とコマを指差しました。

「どこで止まったの?」

 私が聞くと、娘が止まった指差しました。

 それ見て、私は安心しました。

 娘はよほどの強運らしく、病気や怪我のマスには止まっていませんでした。

 それになにより、娘が止まったマスにはこう書いてあったのです。

“みかちゃんがおじいちゃんと遊ぶ 一回休み”

“みかちゃんがおじいちゃんからお小遣いをもらう 一回休み”

 おじいちゃんはまだ私の為にすごろくを作ってくれていたようです。

 コマに書かれていたのは娘の名前ではなく、私の名前でした。

 私は「驚かせてごめんね」と娘の頭をなでながら、この一年、おじいちゃんが何回も枕元に立ちそうだなと思いました。

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