空洞映写館

ショートショート作品
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 私が子供の頃によく遊んでいた小高い丘の中腹に、大きな岩があった。

 そしてその岩には、小さな穴が一つ開いていた。

 普通にしていたら気がつかないような岩だったけれど、私はその穴に気がついた。

 私はその穴の中身が気になって、中を覗いてみた。

 虫か何かが飛び出してからどうしようなんて、当時の私は考えなかった。

 とにかく私はその穴を覗いてみて、そして驚いた。

 中に小さな小さな人間や狸、狐なんかの生き物がいて、そこでおとぎ話が上映されていた。

 それは誰もが知っているようなおとぎ話だった。

 私はその発見を誰にも言わないことに決めて、一人で丘に遊びに行っては、岩の穴を覗いた。

 私が岩の穴を覗く度に、そこでは違うお話が上映されていた。

 ある日、私が岩の穴を覗いていると、クラスの乱暴者のガンちゃんがやってきて「おい、ノン子。何してるんだ」と言った。

 私の名前は里子なのに、私がノロノロしているのでガンちゃんは私のことを「ノン子」と呼ぶ。

 私はしぶしぶガンちゃんに岩のことを話した。

 するとガンちゃんは「俺にも見せろ」と岩の穴を覗いた。

 しかしすぐに目を引っ込めて「何も見えないじゃないか。嘘つきめ」と私の頭をゲンコツでぶった。

 ぶたれた私が泣いているうちに、ガンちゃんは行ってしまった。

 私はひとしきり泣いてから、また岩の穴を覗いた。

 それから私はガンちゃんや他の友達に見つからないようにあの岩の穴を見に行った。

 岩の中で上映される演目は、年齢を重ねるごとに変わっていった。

 最初は絵本のようなおとぎ話が上映されていて、それは次第に少女趣味なアニメーションに変わり、ちょっと大人になったら恋愛ドラマに変わった。

 韓国のドラマにはまった時には韓国ドラマが上映されていたこともあったっけ。

 しかし私はもうずっとあの岩の穴を見に行けていない。

 この前お医者さんに呼ばれて「もうあまり散歩ができなくなるかもしれません」と言われてしまった。

 この町を出ていった友達も多かったけれど、私はこの町でずっと大きくなって、年老いていった。

 終の住み処としての病院は思ったより居心地は悪くなかったけれど、やはり思い出がぎっしり詰まったこの町にいると昔が懐かしくなり、胸が締め付けられることもある。

 私は、いつも良くしてくれている未来ちゃんという看護師さんにお願いして、岩を見に行くことにした。

 未来ちゃんは快く引き受けてくれた。

 未来ちゃんが押してくれる車椅子の上で、私は周りの景色を楽しんだ。

 小さな頃から大人になるまで、たくさんの思い出に囲まれた道をゆっくりゆっくりと進む。

 あの岩に行くのはきっとこれで最後になる。

 あの岩は最後にどんな物語を見せてくれるだろうか。

 やがてあの小高い丘のある場所までやってきた。

 しかし……岩が、なかった。

「ないわ、岩が」

 私はそう言って未来ちゃんの前なのに取り乱してしまった。

「ここに岩があったはずなの。大きい。どこに行ってしまったのかしら。本当よ。岩があったの」

 そうつぶやく私を見て、未来ちゃんは「里子さん、帰りましょう」と言った。

 車椅子が反転する。

 それでも私は未練がましく丘を振り返ったけれど、そこにあの岩はなかった。

 おかしくなったと思われたのかもしれない。

 いつもは優しい未来ちゃんだったが、そんな普通じゃない老婆の散歩に付き合わされて流石に腹を立てたのか、車椅子を押す手が少し乱暴でスピードが速くなった。

 私は申し訳なくて、何も言うことができなかった。

 病院に戻ってきて、私の入居する病室までやってきた。

 しかし未来ちゃんは私の病室を素通りしてしまった。

「未来ちゃん?」

 私は未来ちゃんを見上げたけれど、未来ちゃんはどこかに急いでいた。

 そしてある病室の前までやってくると、未来ちゃんは息を整えながら言った。

「里子さん。あの、もしかしてあの方、お知り合いじゃありませんか?」

「え?」

 未来ちゃんが病室の入り口から一人の入居者さんを指差す。

「あの方、町の町会議員さんだったらしくて。あの丘の切り崩し工事が決まった時、岩の一部をもらってきたって。さっき里子さんが言ってたのと同じようなことを……」

 私が病室の中を見ると、窓際の小物入れの上に小さい岩のかけらが置いてあった。

 そしてそれを指差しながら、ベッドの上の男性が看護師さんに話しかけている。

「ほら、見えるだろう」

 男性は岩の穴を指差して得意そうにしゃべっている。

「未来ちゃん、ありがとう」

 私は未来ちゃんにそう言って、車椅子のハンドリムを回して一人、病室の中に入った。

「見えんくせして」

 小さくそうつぶやいて、私はゲンコツを振り上げながら嘘つきガンちゃんの背中にキュルキュルと車椅子で近づいていった。

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