大学に入っても、なかなか友達ができなかった。
元々人とのコミュニケーションが苦手な僕は同期の人間にすら気軽に声をかけられなかったのだ。
そんな中、同じゼミになった楢崎という男が妙に目に止まった。
楢崎は僕とは真逆に位置する人間で、誰にも気さくに話しかけ、友達も多いようだった。
その真逆っぷりに僕はむしろ話しかけやすい雰囲気を感じ、ある日思い切って声をかけてみた。
「君はどうしてそんなに色々な人とコミュニケーションを取ることができるんだ? 僕はそういうのが苦手でね」
いきなりそんなことを言ってしまって引かれるかなと思ったが、楢崎は嫌な顔をせずに、でも意外なことを言った。
「それはね。このクスリを飲んでいるからだよ」
「クスリ?」
「これさ」
不思議がる僕に楢崎が見せたのは錠剤だった。
「これを飲むとな、コミュニケーション能力が一時的にアップするんだよ」
「それはいわゆる……ハイになるということ? やばいクスリじゃないか」
「違う違う。麻薬なんかじゃないよ。コミュニケーション能力が一時的にアップするだけだ」
楢崎はそう言って僕にいくつか錠剤を分けてくれた。
「まぁ、一度飲んでみなって。誓って、危ないクスリじゃないからさ」
楢崎にそう言われて、僕はその錠剤を一つ飲んでみた。
瞬間、妙に周りの人たちに話しかけたい気持ちになってきて、僕は手当たり次第色々な人に声をかけた。
その結果「こんなに話しやすい奴だと思わなかったよ」と言ってもらえて、友達が増えた。
だが。
うまい話はないもので、楢崎のクスリにはやはり副作用があるようだ。
それはエナジードリンクに近い副作用であり、錠剤を飲んだその日はコミュニケーション能力がアップするのだが、その次の日はいつも以上に人とのコミュニケーションが困難になってしまう。
どうやらあのクスリは自分の中にあるなけなしのコミュニケーション能力を無理やり呼び起こしているだけのようだ。
やっぱりそんなものだったのかと、僕は楢崎に文句を言ってやろうと思った。
しかし何日か大学に行っても楢崎の姿が見えない。
僕は楢崎に電話をかけてみた。
2コール目で楢崎が出た。
「やぁ、君か」
「どうした、最近大学に来ないじゃないか」
「あぁ……。どうやらあのクスリをやり過ぎたみたいでね。なんだか誰にも会いたくない気分なんだ」
「まったく、ちゃんと副作用あるじゃないか」
「めんぼくない」
そう謝る楢崎の声がなんだか消え入りそうだったので、僕は聞いてみた。
「君、ちゃんと食べてるのか?」
「それが、コンビニ店員と話すのも嫌になってしまってね。実は何日か食べてない」
呆れた奴だ。
僕は電話を切った後、大学の授業をほっぽって楢崎の部屋にやってきた。
「ほら」とカップラーメンなどが入ったビニールを渡すと楢崎は「悪いね」とラーメンを作り始めた。
三分経ってラーメンをすすり始めた楢崎に、僕はふと気になったことを聞いてみた。
「コンビニ店員にすら会いたくないと言っていたけれど、僕は平気なのか」
「ん?」
麺を口に運びながら、楢崎が「ほういえばほうだなぁ」と言う。
ズズズッと麺をすすった楢崎が、ぼそっと、言った。
「思うに。友達というのはこのようにしてできるものなのかもしれないな」
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