私の勤める会社には非常に面倒な役員がいる。
その役員は幽霊役員だ。
会社にほとんど顔を見せないから幽霊役員と呼ばれているとか、そういうことじゃない。
実際に幽霊なのである。
なんでも、昔この会社を創立した時の創立メンバーだったらしいのだが、もうかなり前に亡くなった人らしい。
この幽霊役員は仕事に対してそれはそれは厳しい人で、業務中にサボったりしたら社長に報告される。
問題はみんながそれを単なる噂だと思っていることだ。
残念ながらそれは噂じゃない。
私には昔から霊感があったから、その幽霊役員の姿が見えるのだ。
今日も幽霊役員はその透明な姿でオフィスのフロアをぐるぐる周りながら社員の働きぶりをチェックしている。
その視線はまるで睨み付けるような鋭い視線で、私は幽霊役員を見つけるとひえぇっと体が萎縮してしまうのだった。
そんな厳しい会社で働いて数ヶ月、その日はお盆で会社は休みだった。
しかし私はこっそりと出社した。
幽霊役員や他の社員がいると周りの目が気になって仕事に全力を注ぐことができない私は、仕事の遅れを取り戻そうと会社にやってきたのである。
お盆ならば幽霊役員も会社にやってこないはずだ。
思った通りオフィスは静まり返っていて、私はパソコンの電源を入れて、さぁやるぞと意気込んだ。
三十分くらいそうして仕事をしていた時のことだった。
突然、どこからか”パカラッパカラッ”という軽快な音が聞こえてきた。
驚いて音のした方を振り向くと、なんとそこに立派な馬がいた。
そしてさらに仰天したのは、なんとその馬の上に幽霊役員が乗っていたのだ。
まるで戦国武将のように馬の手綱を握っている幽霊役員は馬をのそのそと歩かせ、私の席をぐるぐると回り始めた。
ひ、ひぃい……!
私はその状況に耐えられなくなって、思わず「怖いです、役員……」とつぶやいた。
すると役員は馬を止め「なんだ、私が見えるのか」と言った。
「はい……」
「けしからん!」
「ひっ」
私は馬上の役員に雷を落とされた。
いつも仕事が遅く、グズな私を見ていたのだろう。
幽霊が見える体質だとバレたからには、今までのこともまとめて怒られるかもしれない。
私が思わず体を縮こませていると、役員が言った。
「お盆くらいはご実家に帰ってあげなさい」
「え……?」
幽霊役員は、今まで見たことのない柔らかな表情で続けた。
「お盆に迎えられる側になると分かるものだが、お盆というのは迎える側の君たちにこそ必要な行事だと思う。そんな理由でもないと家族の顔を見ない人も多いだろう?」
「そう、ですね」
「うむ。分かったら、早く終わらせなさい!」
幽霊役員の目が光り、私は「は、はい!」と返事をして大慌てで仕事に取り掛かった。
幽霊役員のマンツーマンの監視のおかげで、思っていたよりもずっと早く仕事を終えることができた。
仕事を終えた私は幽霊役員と共に会社の玄関を出た。
幽霊役員が青く晴れ渡った空を見上げながら言った。
「何年かに一人いるんだ、君みたいな子がね。まぁ仕事に一生懸命になってくれる子が会社にいるのは喜ばしいことだが……」
幽霊役員はそう言うと「ではな」と言って馬を走らせた。
私は、元はキュウリであろう馬に乗って青空を駆けていく役員に向かって一礼をした。
きっと役員は帰りの牛でも会社を見回りに来るのだろう。
今年はおとなしく実家に帰ろう。
私は実家の電話番号に電話をかけながら、会社のことが前よりちょっと好きになっている自分に気がついた。
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