私が作っている「水流小説」が売れている。
私は元々、ただの和紙を作っていた。
近くを流れる川の水を使った和紙である。
しかしある時から、作った和紙に文字が浮かぶようになった。
文字を読んでみると、それは小説だった。
小説の中身が中々面白い内容だったので、私は試しにその和紙を本に製本して出版してみることにした。
すると面白いと評判になって、取材などがひっきりなしに来るようになった。
私の水流小説は一つの作品につき一つしかオリジナルが存在しないので、和紙で綴られたオリジナル版には高い価値が生まれる。
取材などでよく「面白い小説を生み出す秘訣はなんですか」と聞かれるが、私としては普通に和紙を作っているだけだ。
良い水を使い、和紙を作る。
すると文字が勝手に浮かび上がるのである。
私は試しに別の川の水を使って水流小説を作ってみようと考えたのだが、別の川ではダメだった。
普通に和紙が出来上がるだけで、文字が浮かび上がらないのである。
おそらくこの川に秘密があるのだろう。
水流小説の出版で得た利益は生活費以外は全国の川の保全活動に役立てていた。
するとある時、意外な形で水流小説の秘密が明らかになった。
一人の男が私の工房を訪ねてきたのである。
「もしや、と思いまして」
その男はそんなことを言って、一枚のメモを取り出した。
そこには小説のあらすじが書かれていた。
それを見て私は驚いた。
何しろ、それは出版前の、今製本している水流小説のあらすじだったからである。
どうしてこの人はまだ出版されていない小説の内容を知っているのだろう。
私が状況を説明すると、男の人は「やはり」と言って笑った。
彼はどうやら小説家をしているらしい。
過去に一度だけ出版した小説が売れて、元々人混みが嫌いだった彼はこの地に移り住んだそうだ。
しかしその後中々良い小説が書けず、暮らしは貧しくなり、ある時から風呂の代わりに川で水浴びをするようになったそうだ。
すると、困ったことに水浴びをする度に頭に浮かんだ小説のあらすじを忘れてしまう。
残しておいたメモを見てもさっぱり思い出せないらしい。
だがある時、水流小説の噂を聞いて読んでみたところ、自分の残しておいたメモのあらすじと同じだった……。
彼の住まいは私の工房よりも上流にあるらしい。
とすると、この私が作っている水流小説は彼が書いていたのか。
私は謝罪をして、これまで水流小説で得た利益を彼に返すことにした。
しかし彼は、「いえ」とそれを断った。
「これから出していただくもののうち、利益を折半する形ではいかがでしょう」
「そんな! 私はただ和紙を作っているだけで、小説の内容を考えているのはあなたなんですよ」
「和紙を作っているだけ、なんてとんでもない。和紙づくりは立派な技術です。ぜひこれからも利益を川の保全活動に役立てていただきたいのです」
そんなわけで私はまだ水流小説を作り続けている。
たまに彼に会うことがあって、「本当に利益は折半でいいのですか」なんて聞くと、彼は「そんな昔のことは水に流して忘れてしまいました」なんてとぼけるのであった。
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