営業二課の汐留さんに「名波の耳のこと知ってる?」と聞かれた。
名波さんと言えば、少しふくよかな感じだけど人当たりもよく、私が密かにちょっと素敵だなと思っている男性社員のことだ。
「耳、ですか?」
私がそう聞くと、汐留さんは「そう。あいつの耳面白いんだぜ。おいでよ」と言って私を営業二課に連れて行った。
「なんだよ、また来たのか」
私を連れた汐留さんを見ると、名波さんはちょっと苦笑いをしてそう言った。
「まぁいいじゃんいいじゃん。この子、おまえの耳のこと知らないらしいからさ」
「仕方ないなぁ」
「ほら、こいつの耳、すごい福耳でしょ」
汐留さんがそう言って名波さんの耳を指差す。
確かにすごい福耳だ。
「わ、すごいですね」
私が率直な感想を述べると、汐留さんは「でもね、すごいのはそれだけじゃないんだよ」と言った。
「え?」
「ほら、名波」
汐留さんが促すと名波さんは「はいはい」と言って自分の耳たぶを触った。
すると、名波さんの口から何かが聞こえてきた。
「んん?」
私は思わず自分の耳を名波さんの口に近づけた。
すると、名波さんの口からこんな音が聞こえてきた。
“さて、では次のお便りをご紹介しましょう”
それは名波さんの声ではなく、知らない男の人の声だった。
そう、例えるならば……。
「ラジオ?」
「そう。こいつ、耳でラジオを受信できるんだよ」
「えぇ!?」
そう驚いた私に、名波さんが照れ臭そうに笑う。
「昔からそうでさ。耳たぶを触るとラジオが聞こえるんだよ。他にも、テレビなんかも受信できる」
そう言いながら名波さんが耳の真ん中くらいを触った。
「ほら」と名波さんが自分の目を指差す。
名波さんの目に、小さく映像が映っていた。
「あ、本当だ。これ見えるんですか?」
「うん。目を閉じればね。あんまり大きな声じゃ言えないけど、有料のチャンネルなんかも見えるんだ」
「エロいやつ?」
汐留さんが茶々を入れる。
「違うよ!」
そう言って名波さんが耳から指を離した。
「他にも電波ならなんでも受信できるんだろ?」
「なんでもじゃないけど。無線とかも入るね。警察無線とか、聞いてたら怒られそうだから聞かないけど」
「へぇ……すごい……」
汐留さんが名波さんの耳を指差して言う。
「ほら、このあたり、触ってみな」
そう言われて、私は思わず名波さんに了承を得る前に名波さんの耳を触ってしまった。
「あっ」
名波さんは小さな声を上げたあと、こんなことを言った。
“ただいまの時刻は十二時五十二分です”
「えぇ!?」
「電波時計の電波だよ」
汐留さんが楽しそうに笑いながら教えてくれる。
私が耳を離すと名波さんは顔を真っ赤にして「まったくもう」とふくれた。
会社に入ってから「社会には色々な人がいるんだな」と思ったけれど、こんな人がいるなんて、世の中は広い。
そんな名波さんとの出会いから一年の時が過ぎた。
部屋でくつろいでいた私は、あの頃よりまたちょっぴりだけ太った名波さんに「ねぇ、耳掃除してくれない?」と声をかけられた。
汐留さんに名波さんの耳のことを聞いたあの日をきっかけに私は名波さんと仲良くなって、今では恋人同士になった。
「う、うん、いいけど……」
私はちょっととまどいながらそう答えた。
名波さんは耳掃除をされるのが好きらしく、「やっほー」と一人でせっせとティッシュや耳掻きを用意している。
私の膝まくらで横になった名波さんの耳を軽く掻く。
「あ〜〜気持ちいい」
そう言って目を閉じている名波さん。
名波さんは耳掃除をされると気持ち良過ぎてすぐに眠ってしまうらしい。
私は慎重に名波さんの耳を掃除しながら、耳をすました。
「……アァ……」
今日もやっぱり聞こえてきた。
「……アァ……×××……」
眠っている名波さんの口から、よく分からない声が聞こえてくる。
私は名波さんの耳掃除をすることで、名波さんの耳に隠された機能を発見してしまったらしい。
耳掃除をすると聞こえてくるこの声について、外国のラジオを受信しているのかもと思って一度調べてみたのだが、結局何語か分からなかった。
目を閉じながら奇怪な言葉を話す名波さんを見ながら、私は思う。
この意味不明な言葉を一度録音して、しかるべきところに届けた方がいいのではないか。
そう、例えば、航空宇宙局なんかに……。
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