「へぇ! 良い箪笥を持ってるじゃないか」
一人暮らしの俺の家に遊びに来た友人が言った。
「あぁ、それ。実家を出る時に親が譲ってくれたんだけど、正直持て余してるんだよね」
大学進学を機に実家からもらってきた箪笥は立派な桐箪笥で、1K男の一人暮らしの部屋には明らかに不釣り合いな代物だった。
「中には何を入れてるんだ?」
「ん、別に普通に服とかだけど」
俺がそう答えると、友人はおかしなことを言い出した。
「なぁ、これ俺に預けてみる気はないか」
「え?」
「実はさ……」
そう言って友人が話し始めたのは、なんとも荒唐無稽な話だった。
なんでも友人の家には代々ある”秘法”が伝わっているらしい。
その秘法とは、「箪笥の肥しの秘法」というもので、箪笥を理想的な環境に一時的に保管をすることで、ある”良いこと”が起きるらしい。
「桐箪笥ってのは呼吸をしていてね、本来風通しのいい場所に置いてやるのが一番いいんだ。だからうちにある箪笥保管専用の部屋で十分に換気をしながら桐箪笥を元気にしてやる。そして、これは企業秘密みたいなもんで教えられないんだが、”肥しの素”を箪笥に入れてやることで、良いことが起きるってわけさ」
「良いことって?」
「まぁ、それは預けてみてからのお楽しみ」
友人はそんなことを言って帰って行った。
翌日、てっきり冗談だと思っていた俺のところへ、友人が業者を引き連れてやってきた。
友人は「三日間預かるから、その間に使うものだけ取り出しておいてくれ」と言った。
「それじゃあ、預かる。返す時にまた連絡するわ」
そう言って友人は業者と箪笥と共に帰って行った。
それから三日後。
友人はまた業者を引き連れて箪笥を俺の部屋に運び入れた。
「……見たとこ何も変わっていないようだけど」
俺がそう言うと、友人は「まぁ開けてみろよ」と言った。
「あ!」
箪笥を開けた俺は思わずそう声を上げた。
入れておいた衣類がまったく別のものに変わっている。
「おまえこれ、入れ替えたのか?」
「いいや違うよ。何も入れ替えてない。この箪笥が肥しで育ててくれたんだ」
「育てる……?」
俺は間の抜けた声を出しながら箪笥の中にある衣類を取り出した。
俺の服が、全てワンランクグレードの高い服に変わっている。
「我が家に伝わる秘法、”箪笥の肥しの秘法”を使うとな、中に入っているものが育つんだよ。”箪笥の肥し”と言えば普通箪笥に入れたままで使わない衣服なんかのことを指すが、我が家に伝わる秘法を使うと箪笥が肥しを使って中身を育ててくれるんだよ」
友人のそんな話を聞いても、俺はまだ「こいつが入れ替えているのでは」と疑ってかかっていた。
そんなことあるわけがない。
しかし友人は「ははは、そんなことするわけないだろ。そんなことして俺になんの得がある」と笑った。
まぁ、確かに言われればそうだ。
そんなこんなで俺はその後何度か友人に箪笥を預けた。
箪笥を預けるごとに服はどんどんグレードアップしていった。
「タダでやれるわけじゃないんでね」
そうニヤリと笑った友人に、俺はグレードアップした服を何着かプレゼントした。
俺はそれでもまだ「箪笥の肥しの秘法」とやらを疑っていたのだけれど、ある事件が起きてそれが本物であることを知った。
ある日のこと。
俺は友人と一緒に大学からの帰り道を歩いていた。
「今日おまえんち行ってもいいか?」
そう友人に聞かれた俺は「悪い、今日はちょっと」と断った。
「なんだ、女か」
友人がそうからかったので「ちげーよ」と答えつつ、まぁ女といえば女だな、と思った。
部屋に帰ると、すでにその”女”が待っていた。
「あんた冷蔵庫空っぽじゃないの! ちゃんと食べてるの〜?」
その女、もとい母親がいきなり小言を言ってくる。
「うるせぇなぁ、勝手に人んちの冷蔵庫見るなよ」
昨日、父親と喧嘩したとかなんとかで、母親はうちに泊まりたいと連絡を寄越したのだ。
母親はなんだかんだと理由をつけて俺の部屋にやってくる。
本当は都内観光でもしたいのだろうと思いつつ、俺は母親を泊めてやるのだ。
まぁでも、たまには母親の作った飯も食べたいので、ちょっと楽しみでもあるのは母親には秘密である。
「さて、寝るか」
母親の分の布団を敷いてやって、俺はベッドに横になった。
昨日徹夜で麻雀をやったので、俺はすぐに眠りについた。
「ひえぇ!」
という、母親の悲鳴で俺は飛び起きた。
「な、なんだなんだ」
電気をつけると、母親が箪笥を開けて何やら驚いていた。
「どうしたんだよ」
「あんた、これ……」
母親が手に持っているものを見せてくる。
俺はそれを見て、母親がちょくちょくこの部屋にやってくる理由の一つを知ることになった。
元々ちょっと浪費癖がある母親は、ここに置いておけばむやみに使うこともないと思ったのだろう。
母親は俺の部屋にある箪笥で箪笥預金をしていたのだ。
「あっ」
母親が見せてきた預金通帳を見て、俺は思わず小さく声を上げた。
銀行の預金残高が、俺が友人に箪笥を預けた日ごとに増えていたのである。
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