先代の神主からこの「災喰い貝(さいくいがい)」のことを聞いた時は「まさか」と思った。
先代曰く、この災喰い貝は世に蔓延る災害を食うことができる神貝らしい。
このサザエにも似た巻貝がその蓋を開ける時、世に放たれるはずだった災害を食うのだという。
災喰い貝を守るこの神社の神主は常に災喰い貝の様子に注意し、もし貝がその蓋を開けていたらなるべく風通りの良い場所に貝を置いてやる必要があるという。
「この貝は全ての災害を食うわけではないのですか」
私は先代にそんなことを聞いてみた。こんな貝がある割には世には災害が多すぎる。
そんな私の質問に、先代はこう答えた。
「それだけ起こりうる災害が多いということでしょう。この貝があるおかげでこの程度で済んでいるとも言えます」
私がこの災喰い貝を祀るようになってから、もう幾度も貝はその蓋を開けている。
その度に私は、貝が災害を食べやすいように風通しの良い場所に貝を置き、世の安寧を祈った。
ある日のこと、その日も貝が蓋を開けるそぶりを見せたので、私はいつものように貝を風通しの良い場所に移動した。
参拝客の厄払いを終えて貝をしまおうと私が戻ると、なんと貝がなくなっている。
私は大慌てで貝を探した。
すると、貝は思いがけない場所で見つかった。
くつくつと網の上で焼き煮える貝を見つけた時、私は悲鳴をあげそうになった。
日頃から食い意地の張っている妻が貝をつつき、ひょいと口に入れる。
私が叫ぶ前に妻は貝を嚥下し終えた。
災喰い貝のことをよくよく説明しておかなかった私のミスとは言え、縁側に置かれた得体の知れぬ貝をまさか食べるとは思わなかった。
いったいこれから世の中はどうなってしまうのか。
私は世の行末を思い、三日三晩寝込んでしまった。
しかし、予想に反して、それからの世の中は安寧の世となった。
そして妻がよく笑うようになった。
大きな口を開けてガハガハと笑う妻。
私は、もしやあの災喰い貝の力が妻に継承されたのではないか、と思った。
そうとしか説明のしようがない。
妻は貝よりも口が大きく、より多くの災いを食うことになった。
そういえば、少し妻の食べる量が減ったような気がする。
災害を食べているから、それだけ食べ物を食べる量が減ったのだろう。
貝を食べてしまうという大失態を犯した妻だったが、かえってこれでよかったのかもしれないな、と思った。
しかし、あることに気づいた夜、私は新たな不安に震えた。
妻が災喰いの力を得たことで、これから長きにわたり安寧の世は続くであろう。
しかしそれはせいぜい数十年のことだ。
妻がこの世を去った後の世の中はどうなるのか。
眠れぬ夜を過ごした私は、ある一つの解を得た。
今度妻に「おまえの骨を少しでいいから海に撒かせてくれないか」と相談してみよう。
うまくいけば、巡り巡ってまたあの災喰いの力が貝に宿るだろう。
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