「ふ〜食った食った」
そう言って腹を叩いている友人に俺は聞いてみた。
「なぁ、今日の鍋、少なかったと思わないか」
「へ?」
「なんていうか、入れた材料よりも食べた気がしないというか」
「あぁ……たしかに。余るかなっていうくらいの量を入れたつもりだけど、おまえがたくさん食ったのかと思ってたよ」
「いや、違うよ」
そう。最近こんなことが続いている。
友人と一緒に鍋パーティーをやるのが最近の流行りなのだが、うちで鍋をすると決まって鍋の量がちょっと少なくなるのだ。
「俺はな、この鍋のせいだと思っている」
と、俺は友人にこの土鍋のことを話した。
もしかしたらこの鍋が鍋の具を食べてしまっているのではないか、と。
「はぁ? なんだそりゃ」
「ほら、中華鍋なんかは使ってると油が染みて料理がしやすくなるとか言うだろ。あとはこの土鍋みたいな鍋も、使えば使うほど味が染み込むなんて話を聞いたことがあるし」
「ほぉ……それで?」
「だからさ、この鍋も味を自分に染み込ませる為に鍋の具材を食べてるんじゃないかなって」
「ははは!」
友人はそう言って笑ったが、実際俺は真面目にそう考えているのだ。
「じゃあ、実験してみよう」
友人がそう言って、食べ終わった鍋を洗う。
そして鍋に水を汲んでコンロにかけた。
「ここに、一切れだけしゃぶしゃぶの肉を入れる。そしてそのまま様子を見る。時間が経って、肉がなくなっていたらこいつは本当に具材を食っていることになる。どうだ」
なるほど、それはいい。
俺は実験に賛同した。
さて、鍋に肉を入れて、一時間ほど経った頃。
「おいおい」
鍋の蓋をとった友人は驚きの声をあげた。
鍋の中には、ぬるくなったお湯しか入っていなかった。
「ほら!」
「おまえがこっそり食ったんじゃないのか?」
「そんな暇なかっただろ」
「まぁ、そうだなぁ」
不思議がる友人が帰った後、俺は鍋を戸棚の奥深くに封印した。
冗談じゃない。こんな不気味な鍋、使ってたまるか。
鍋を封印して数ヶ月ほど経ち、もはや鍋の存在を忘れていた頃。
突然、戸棚の奥から「バキッ! ボキッ!」と凄まじい音が聞こえた。
俺が慌てて戸棚の奥を確認すると、なんと鍋の蓋がバキバキと割れている。
そして割れた鍋の蓋はボリボリと鍋に食べられてしまった。
「なんだ……こりゃあ……」
俺は思わず間抜けな声を出した。
どうやら鍋は”腹が空きすぎて”自らの蓋を食べてしまったらしい。
俺は恐ろしくなり、鍋を捨てることにした。
しかし……と思う。
この鍋を捨てて、ゴミ処理場の人が鍋に触れてしまったら。
もしかしたら、その人の指や腕が食べられてしまうかもしれない。
そう考えた俺は、鍋を粉々に粉砕することにした。
トンカチを探し出して、俺は思い切り鍋に振り下ろした。
が、ダメだった。
トンカチの先端がバリボリと鍋に食べられていく。
俺は友人に助けを求めた。
「ふぅむ」
やってきた友人は鍋を見ながら唸った。
「よし、俺に任せておけ」
「どうするんだ?」
「まぁ見とけ」
そう言って友人はまず鍋をシンクに置いた。
そして蛇口を捻って水を出す。
蛇口の下に置かれた鍋は水をそのままゴクゴクと飲んだ。
「ははは、喉も乾いてたみたいだな」
友人は鍋にドンドン水を飲ませる。
すると、しばらくして鍋は水を飲むのを止め、元の鍋のように水を溜め始めた。
「よーし」
友人は鍋を持って、その水を捨てた。
「次はこうする」
友人は今度は鍋をコンロの火にかけた。
「何も入れなくていいのか」
「入れたら食われちまうからな」
友人はそう言ってニヤリと笑う。
しばらく鍋を火にかけていた友人は「そろそろだな。離れてろ」と言って鍋を鍋つかみで持った。
俺が半歩下がると友人は鍋をシンクに置いて、そこに冷水を浴びせかけた。
するとパキッ! と音がして、鍋が粉々に割れた。
「あっ!」
「過冷却だよ。理科の実験だな」
友人がそう言って笑う。
さすがは理系と俺は友人を尊敬の眼差しで見つめた。
それから俺たちは粉々になった鍋のかけらを手袋をしてから拾い集め、ゴミ袋に入れた。
明日はちょうど燃えないゴミの日だから明日ゴミに出せばいい。
俺はお礼をかねて友人にまた鍋を振る舞った。
また変な鍋にあたると嫌なので、俺は鉄製の鍋を買っておいた。
翌朝。
鍋を突きながら眠ってしまった俺は、アラームの音で慌てて起きた。
「やべ」
もうすぐゴミ収集車がやってくる時間である。
昨日割れた鍋を入れたゴミ袋を探す。
「あれ……」
おかしい。
昨日置いておいたはずのゴミ袋がない。
その時、小さな「シャリシャリ」という音が聞こえた。
耳を澄ましてみると、台所に転がっているペタンコのゴミ袋の中からその音は聞こえた。
「まさか」と思って俺がその袋を開けてみると、そこには小さな鍋の破片がひとかけらだけあった。
「……共食いだな」
いつの間にか起きていた友人が肩越しに言う。
割れた鍋の破片同士が共食いをして、結果的にひとかけらだけになったということか。
ブーっというゴミ収集車がやってくる音が聞こえたので、俺は大慌てで鍋のかけらが入ったゴミ袋を持って家を出た。
そしてゴミ捨て場にそれを捨てた。
あの鍋のかけらはおそらくまだ生きている。
だけど、もうあれ以上どうしようもない。
俺はあの鍋のかけらが集まった燃えないゴミを食べてくれるように祈りながら家に戻った。
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