千里笛

ショートショート作品
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 昔育った村で私はよく笛を吹いた。

 実家の納屋にあった、古い不思議な形をした笛である。

 その笛を吹くと、不思議なことが起きた。

 笛の音が鳴る度に、頭の中に見知らぬ風景が浮かぶのである。

 その風景はどこなのだろうと思いながら私は毎日笛を吹いていた。

 後に、その風景は村から見える山の中の景色であることが分かった。

 この笛は、千里眼のように見たことのない景色を見せてくれるのだ。

 山の風景はずっとずっと遠くの景色に思えていたけれど、大人になってから行ってみるとせいぜい歩いて二十分くらいの場所であることを知った。

 もしかしたら笛の音が届く場所までしか見えないのかもしれない。

 東京へ引っ越した後も、私はその笛を吹いた。

 しかし、東京は家が多いので、ちょっと笛を吹くだけで他人の家の中が見えてしまった。

 それに笛を吹くと隣に住む人などから怒られてしまう。

 私は村から持ってきた笛をしまい、もう吹かないことに決めた。

 そんな東京の生活から長い長い時間が過ぎて。

 私は、あの時もう吹かないと決めた笛を吹くようになった。

 吹く場所は私が入院している病院の中庭である。

 その場所で笛を吹くと、私の脳裏に、病院で起こる喜怒哀楽の風景が流れ込んできた。

 思わず目を背けたくなるような風景もある。

 しかし私は笛を吹き続けた。

 この病院には、私の笛を聞いてくれる人がたくさんいる。

 病室から出ることができないけれど、中庭から聞こえてくるこの笛の音が毎日の楽しみなのだと言ってくれた人もいた。

 そんなことを言われて、ようやく私は笛が音楽を奏でる道具であることを思い出したのである。

 笛の音に耳を傾けてくれる人がいる限り、私はここで笛を吹き続けるだろう。

 この体が動かなくなるまで。

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