「それじゃ、失礼します」
背広を着た二人の男がガソリンスタンドを後にした。
もう三日連続で彼らはやって来ている。
最初、ここにやって来た彼らはこう言った。
「警察のものですが。この店の防犯カメラを見せていただけますか」
私は彼らの身分を確認してから防犯カメラの映像を見せた。
どうやらこの先の道で交通事故が起きたらしい。
その事故を起こした車は私の店でガソリンを入れていた。
「ご協力ありがとうございます」
彼らはそう言って帰っていった。
しかし次の日も、また次の日も彼らはやってきたのである。
三日連続で交通事故が起きたのだという。
そして事故を起こしたすべての車が私の店でガソリンを入れていた……。
偶然と言えばただの偶然であるが、私はある疑念を抱いた。
もしかしたら彼ら警察も同じように疑っているのかもしれない。
ずっと昔に「希死燃料」の噂を聞いたことがある。
私は知らなかったのだが、どうやら「希死念慮」という言葉があって、それは人が「死にたい」と願う気持ちのことを指すらしい。
そしてその希死念慮を誘発する「希死燃料」というものが存在するらしいのだ。
まさか、このガソリンスタンドのある場所の地下に得体の知れない何かが存在し、そのエネルギーがガソリンに付着したのではないだろうか……。
もし本当にそうだとしたら、きっとまた人が死ぬ。私の店でガソリンを入れたせいで。
だったら……店を閉めるしかないのだろうか。
私は悩んでいた。
希死燃料の噂をどこかで聞いたのか、客足はどんどん減ってきており、今日はまだ一人も客が来ていなかった。
この調子では望む望まないに拘わらず店を閉めることになるかもしれない。
そんな風に考えていた時だった。
白いセダンに乗った快活そうな青年がやってきた。
私は事務所からスタンドに出る扉を開けながら考えた。
彼にガソリンを売っていいものかどうか。
ガソリンを売らなければ売上は上がらない。
だが……。
やはりダメだ。
私は彼に訳を言って引き取ってもらうことにした。
しかし彼は私が何かを言う前にこう言った。
「あ、ガソリンを入れに来たんじゃないんですよぉ」
彼はそう言って笑いながらトランクを開けた。
そしてトランクの中からジェラルミンケースを取り出し、私に向かってケースを広げた。
そこにはパッと見ただけでは数えられない金額の現金が入っていた。
「な、なんですかこのお金は」
「ふふ。ここを売ってくださいませんか。”良い場所”にあると聞いたもので」
彼は先ほどと寸分たがわぬ笑顔でそう言ったのだった。
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