宇宙人の住む部屋

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 今住んでいるアパートの管理人さんから「管理人をやってみないか」と声をかけられた。

「えぇえ! 私がですか?」

「そうなの。私もほら、歳でしょ? だから代わりに色々やってくれる人がいたら助かるなぁって。アルバイト代わりにどうかしら?」

「はぁ……」

 私はこのアパートに長く住んでいる。

 管理人さんがすごくいい人だし、のんびりした近所の雰囲気が好きで住み続けている。

 隣を流れる川が好きなのもあるかな。

 とにかくそんな管理人さんにそう言われては、考えてみないわけにはいかない。

「私も色々考えたんだけどね、あなたみたいな人がいいなぁって。代わりにやってもらうなら」

 そこまで言われたらむげに断るわけにはいかない。

 私はどうせ気楽なフリーターだったし、じゃあということでとりあえず引き受けることにした。

「本当に? 良かった!」

 管理人さんはシワだらけの顔で笑った。
 

 私は管理人さんから色々必要なことを教えてもらった。

 管理人の仕事は決して楽じゃないけど、苦手な接客業をやるよりいいかも、なんて思えてくる。

 もらえるお金も……結構いいし。

 そんな風に考えていると、管理人さんが言った。

「後は、そうね。201号室の人について話しておかなくちゃね」

 201号室は、私が住んでいる203号室の反対側の隅の部屋だ。

 狭いアパートなので大体どこにどんな人が住んでいるのか分かるのだけれど、そう言えば201号室の人だけは一度も会ったことがない。

「長く住んでいる方なんですか?」

「そうよ。もうずっと」

「へぇ……」

 それにしては姿を見たことがないなと思いつつ、管理人さんの話の続きを待った。

「201の人はね、宇宙人なのよ」

「へぇ……ん?」

 宇宙人?

 どういうことだろう。

 ”変わった人”の比喩表現だろうか。

「宇宙人、ですか」

「そう。どこか遠い星が故郷みたいねぇ」

 管理人さんはそう言って微笑んだ。

 おっと、どうやらこれは本当だぞ。

「なるほど……」

「ほら。あなたなら大丈夫って思ったのよ」

 管理人さんはそう言って喜んだが、正直まぁまぁ動揺はしています。

「今ならいると思うから、ちょっと紹介がてらいきましょう」

 管理人さんがそう言って歩き出す。

 うーむ、妙なことになってしまったか?

 宇宙人ってアパートに住むものなのだろうか。

 管理人さんが201号室の前に立ってコンコンと扉をノックする。

 すると一人でに扉が開いた。

「お邪魔しますよ」と入っていく管理人さんに続く。

 私の部屋と同じ狭い玄関に立つと、中に宇宙人がいた。

 ひえっ本当にいた。

 銀色の宇宙人はそれはもう宇宙人で、子供くらいの身長で長っ細く、目が黒く大きかった。

 おまえに鈴のような形の宇宙船まである。

「ガガピさん、こちら今度から管理人をやっていただく宮橋さん。203に住んでらっしゃいます」

「ガガピ!」

 ”ガガピさん”と呼ばれたその宇宙人さんは私のところにふわーっと飛んできて手を差し出してくれた。

 私は恐る恐る手を差し出してガガピさんと握手をした。

 ひや、冷たい。

 ガガピさんはきっと管理人さんがつけたあだ名か何かで、本名は違うのだろうなと思った。

 多分、地球にはない言葉で構成されている名前、とかなんとか。

「では失礼しますね」

「ガガピ!」

 ガガピさんは私たちを扉を少し開けて手をヒラヒラさせて見送ってくれた。

 管理人さんはガガピさんに手を振り返しながら話し始めた。

「ガガピさんがよく通る、宇宙航路? というのかしら。とにかく道路みたいなものね。その通過点に地球があったみたいなの。地球の、しかもあの201号室にね。だから色々話し合いをして、あそこを旅の中継地点として使っていただくことにしたのよ。もちろん、家賃はいただいているわ」

「はぁ、そうなんですね」

「いつもこちらが特に督促しなくても家賃が管理人室に届けられるから、特に難しい事はないわ。ちなみに他の部屋に住んでいる人はみんな普通に人間だから」

「分かりました」

 これで一階にはカッパが住んでます、あなたの隣人は実は狸ですなんて言われたらさすがに厳しかったので、助かった、と思った。
 

 それから私の管理人としての日々が始まった。

 と言っても、このアパートに住んでいる人はみんないい人ばかりなので特に問題はなかった。

 何かあった時は元管理人さんに聞けばいいし。

 私は気ままな管理人ライフを楽しんでいた。

 しかし、それはある年の夏だった。

 いつもガガピさんから家賃が届くはずの日を過ぎても、家賃が届けられなかった。

 どうしたんだろうと思いつつ、宇宙人にだってポカはあるよねなんてゆったり構えていると、二週間が過ぎてしまった。

 さすがにそろそろそれとなく話をしてみなくちゃと思い、私は201号室に向かった。

 何度かノックをするが、扉が勝手に開くことはなかった。

 いないのだろうか?

 私は「ちょっと、失礼します」と言いながらドアノブに手をかけた。

 開かない。

 ふーむ、困った。

 管理人をするようになってから初めてのトラブルらしいトラブル。

 私は散々迷った挙句、管理人室から合鍵を持ち出して201号室の扉を開けてみた。

 ドキドキしながらドアノブを引く。

 部屋の中には誰もいなかった。鈴の形の宇宙船もない。

 夜逃げ? 宇宙人が?

「あれ、でも家具はそのままだな」

 どうしたものかと迷いつつ管理人室に戻ると、管理人室に設置されている古き良き黒電話が鳴った。

 受話器を取ると、元管理人さんの声がした。

「あ、宮橋さん! 大変よぉ」

「どうしたんですか?」

「ニュース見て、ニュース」

「え?」

 私は受話器を肩にかけながら管理人室にある、これも古きよきブラウン管テレビをつけた。

 するとどの局も緊急放送を流していた。

 どうやら多数の未確認飛行物体を引き連れて宇宙人が襲来したらしい。

 政府による緊急事態の声明を官房長官が読み上げている。

 どの局も空にカメラを向けていて、そこにおびただしい数の宇宙船が浮かんでいた。

 確かにこれは、大変なことになった……。

 私が元管理人さんとやれどうしようとやいのやいのやっていると、テレビ画面に変化が現れた。

 侵入者である宇宙人の宇宙船に近づいていく別の宇宙船。

 私と元管理人さんは同時に「あっ」と声を出した。

 その宇宙船は鈴の形をしていたのだ。

「ガガピさん……」

 鈴の形をした宇宙船が、侵入者の宇宙船に稲光のような光線を浴びせたかと思うと、あっという間に宇宙船の艦隊は蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。

 鈴の宇宙船はふらふらと地上に降りてきて、アメリカかどこかの荒野に降り立った。

 中からガガピさんが出てきて、アメリカかどこかのテレビ局に手を振る。

 おそるおそる近づいたリポーターに対し、ガガピさんは何事か話し始めた。

 それはなんと日本語だったので、リポーターと、あとおそらくテレビ画面に釘付けになっていた日本人は驚いた。

 もちろん私と元管理人さんも驚いた。ガガピさん、いつの間に日本語を……。

 リポーターがガガピさんに「あなたは何者ですか」「なぜ助けてくださったのですか」と質問をする。

 ガガピさんは、あなたは何者ですかという質問は曖昧に答えず、なぜ助けてくれたのかという質問にはこう答えた。

「家賃を滞納しているので」

 そんな出来事から長い時が流れたが、201号室の家賃は今もずっと滞納されたままである。

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